タイトルはお題サイト「シェイクスピア」様、100題より
ファーストエイドと会う時、危険と知りつつもダージは武器を携帯していなかった。
それは、お互いを確実に隔てる境遇の差を埋めたいと思うせめてもの足掻きで。
この穏やかな救助員との友情に戦いの要素を持ち込みたくは無かったのだ。
ファーストエイドはひたすらに純粋な好意でもってダージに接し、ダージも仲間のとは違うそれに新鮮さと喜びを覚えていた。
ふとファーストエイドに大して単なる好意以上のものを感じた事もある。
それが何なのか、ダージにはわからなかった。
敵との友情など端から奇妙なものだ。デストロンの仲間達に抱いている感情と違うのも当たり前、とそう思うだけで彼はそれ以上考えようとしなかった。
常につきまとう不安がそれを直視させなかったのかもしれない。深入りは危険と思うだけで結局ダージは後戻りの出来ぬところまで来てしまっていたのだから。
一方ファーストエイドは日々募るダージへの恋情を持て余していた。
恋情、と認めないわけにはいかなかった。
まさか、と自分の愚かさを笑い、気の迷いだ、とそれを無理に押し込めようとしたこともあった。
しかし結局それは頭をもたげ、押し込めた時以上の質量でもってファーストエイドの心を潰すのだ。
時たま会って話すたびに、それは膨らんでいく。
ダージが二人の逢瀬を気晴らしのような感覚で捉えているとわかっていたし、彼の抱いている気持ちは友情に近いものであると理解していた。
ファーストエイドは自分の気持ちをダージに伝える事はできなかった。
恐ろしかったのだ。
ダージと会えなくなるのが。二度と笑顔を向けてはくれなくなるかもしれないことが。
ある晴れた日、非番だったダージはふらりと外へ出た。
長い付き合いの中で彼が単独行動を好む事を承知しているラムジェットは、ちらりと視線をむけただけで何処へ行くのか、と追求する事は無い。
雲一つない空はあまりに青く澄み切っていて、ふとこれを独り占めするのがもったいなく感じられてダージはファーストエイドに通信を入れてみた。
彼は綺麗なものが好きだから。それにファーストエイドの喜ぶ顔を見るのがダージは好きだった。
通信の来た時ファーストエイドは自室でデスクワークをこなしていた。
彼の声を聞いただけで胸が苦しくなる。でも同時に目の眩むほど幸せなのだ。
一瞬前までモニターには確かに重要な情報が映されていたのに、それはもはやただの記号の羅列と化していた。
全てのものが意味を失い、この瞬間ファーストエイドにとって大事なのは聞こえてくる声を聞く事だけだった。
ダージがファーストエイドの名前を呼ぶのを、空が綺麗だ、と続けるのを。
通信が切れた後、自分がなんと返事をしたのかも曖昧なまま、ファーストエイドは基地を抜け出した。
待ち合わせ場所まで行くと、ダージはすでにそこで待っていた。
「よお」
彼はいつものように言って、突然呼び出したことを謝る。
笑って首を振った後ファーストエイドは自分が自然に笑えているだろうか、と思った。
優しい彼に余計な心配など掛けたくない。
たまにダージはとても勘が良いのだが、今日は違うことに気をとられているらしいのと、多分ファーストエイドも思ったより上手く笑えていたのだろう、特に違和感を覚えなかったようだ。
少しほっとしたファーストエイドを乗せてダージは空へ舞い上がり、ある程度の高度でトランスフォームした。
一瞬身体が浮いたと思うとファーストエイドはダージにしっかりと抱きかかえられて空中に浮かんでいた。
「落とさねえから」
びっくりしてしがみついた彼の腕を宥めるように叩いて、ダージは笑う。
「綺麗だろ、今日の空は。お前にも見せてやろうとおもってな。地上からとはまた違うから」
気持ちよさそうに目を細めたダージに言われて、ファーストエイドは一瞬顔を歪めそれから慌てて笑顔を取り繕った。
「ありがとう、とても綺麗だよ」
自分を思い出してくれたことは嬉しい。
とても嬉しい。だが、同時に辛い。
ダージの腕の中は心地良かったが、彼をどうしようもなく悲しくさせた。
基地であった事を楽しそうに話してくれるのも恨めしかった。
そこでダージと一緒に暮らすデストロンが憎かった。
そしてなによりも、自分の気持ちに気付いてくれないダージが、憎かった。
でもそれ以上に好きなのだ。
苦しくて切なくて、どうしようもない。
体中の回路が熱を持って、叫んでいるのに。
ダージには、聞こえないのだろうか。
ダージにはファーストエイドの全身の叫びを聞く事はできなかったが、彼の様子が変なのはわかった。
話にも曖昧な相槌を打って、心ここにあらずなのだ。
なにか重大な任務の途中だったから怒っているのかと思ったがそう言うわけでもないらしい。
いつもなら熱心に相槌を打って、楽しそうに笑ってくれるのに。
ファーストエイドの心を占めているのはなんだろう。
その対象に漠然とした敵意を抱いて、ダージは思わず腕に力を込めた。
ぐ、と抱き締められて、ファーストエイドは泣きそうになった。
笑顔を取り繕う暇もなくダージがその表情を見て焦った顔をする。
「悪い、痛かったか?」
違う、と首を振ってファーストエイドは否定した。
痛かったのは身体ではない。
ダージはファーストエイドの頬を伝って次々に溢れる涙に息が止まりそうになった。
「ファーストエイド!?」
どうしたらいいのかわからなくて、とりあえずあやすように抱き締める。
縋りついてきたファーストエイドは止まらない涙に自分でも驚いているようで、ごめん、ごめん、と謝り続ける。
何故泣いているのかもわからずにダージはファーストエイドの頬を伝う涙をそっと拭った。
「泣くなよ」
そう言った途端、ファーストエイドの涙はまた量を増してダージを慌てさせる。
不安定な空中では支障があると判断してゆっくり高度を下げた。
慎重に地面に降り立って、抱きかかえていたファーストエイドをそっと下ろす。
しゃがみ込んで声を出さずに泣く彼にダージは胸が締め付けられるようだった。
どうしたら泣き止んでくれるのだろう。
慰める術を持たない自分に腹が立つ。
優しい言葉一つかけてやれなくて、代わりにぎこちなく頭を撫でた。
背中に腕を回してぽんぽん、と叩いてやるとファーストエイドはぎゅ、とまたしがみついてきた。
ファーストエイドは結局何故泣いたのかは言わなかった。
別れ際に頭を撫でるとまた少し泣きそうな顔をして、それから帰って行った。
何故だかとても胸が痛んで、ファーストエイドを追っていきたくなる。
このまま返してはいけないような気がした。
追いかけようか迷っている内にファーストエイドの姿はどんどん小さくなっていく。
ああ、と溜息をついてダージはゆっくりと空へ飛び立った。
あんなに綺麗だと思ったのに、まるで輝きを無くした空に舌打ちする。
全てが煩わしく思えて、基地に帰ると声を掛けてきたラムジェットやスラストには乱暴な言葉を返した。
ファーストエイドに通信を入れようか、とも思った。
繋ごうとしてはやめ、を繰り返して結局やめた。
第一、何を話す?
泣いた理由など聞けない。
優しい言葉も知らない。
大きく溜息をついてダージはそれ以上考えるのを放棄した。
答えなど出ない。
それでも二人の間の何かが確実に変わってしまった事を感じて、息が詰まりそうだった。
もう会えないかもしれない。
そう思うとどうしようもなく辛くて、でもどうすることもできず、乱暴にベッドに身を投げ出してダージは目を閉じた。
*2008/10/23
*2009/09/04 加筆修正