タイトルはお題サイト「シェイクスピア」様、100題より
わっ、と驚いたような声を上げたストリートワイズにファーストエイドも驚いて声を上げた。
自分がいつの間にか寝ていることに驚いて飛び起きたのだが、ちょうどストリートワイズも起こそうとしてくれていたところだったらしい。
突然起きるからびっくりしたよ、と笑う彼に謝ってファーストエイドは溜息を吐いた。
ストリートワイズが心配そうに首を傾げて聞いてくる。
「大丈夫か?大分うなされていたが…」
「ごめん」
「あやまるなよ」
すまなそうに肩を落としたファーストエイドにストリートワイズは微笑した。
「もう部屋で休んだ方がいい」
「いや、もう大丈夫だよ。それにあと」
あと少し、そう言おうとした唇に指を振ってストリートワイズが顰めっ面をしてみせる。
「いつもそれだ。後はもうこっちで出来るから、休んでくれ」
「でも」
「ファーストエイド」
「…わかった」
渋々立ち上がったファーストエイドの背中を力強い手が励ますように叩く。
「ちゃんとゆっくりするんだぞ?」
「了解」
「よし」
ありがとう、と呟くとファーストエイドは部屋を出て、のろのろとした足取りで歩き始めた。
仕事中に寝てしまうなんて。
ストリートワイズにも悪いことをしてしまったし、なにより緊急事態が起きた時にこれでは迅速な対応など出来やしない。
ファーストエイドは暗い気持ちで息を吐いた。
例えうとうとしただけであっても仕事中に意識を飛ばすなど、以前は有り得なかったのに。
体調管理も満足にできないなんて、恥ずかしいことだ。
いくらここ何日か眠れないと言ってもそれは何かあった時言い訳にもならない。
うなされて目が覚めて、何の夢を見ていたかはすぐ忘れてしまうのに、いつまでも残る後味の悪い感覚はファーストエイドがもう一度眠りにつくことを妨げる。
部屋に帰ってベッドに寝転んでみたものの、訪れるであろう悪夢のことを思うと目をつぶるのは躊躇われた。
ぽつりと口に出たのは思い人の名で、ファーストエイドはまた深い溜息を吐く。
口にしたところで、彼に会えるわけでもない。寂しさが募るだけだ。
それでも彼の名を呼ぶと少し気持ちが安らぐような気がした。
散歩でもしてこようか。
ぼんやり天井を眺めながら思う。
気分転換になるかもしれないな、と身を起こした時出撃命令がサイレンと共に響いた。
慌てて廊下に走り出るとグルーブとグレイズが連れ立って走ってきた。
「お、ファーストエイド」
「市街地でデストロンが暴れてるらしい」
ったく毎度毎度…と肩を竦めたグレイズはふとファーストエイドの顔を覗き込む。
「顔色悪いな、大丈夫か?」
「あ、うん平気だよ」
「無理するなよ」
ファーストエイドが頷いたところでホットスポットとストリートワイズも合流した。
軽く首を振って見せたストリートワイズに手を挙げて答え、鳴りやまぬ警報に急き立てられるように走る。
基地の外に出ると既にほとんどの戦闘要員がそこに揃っていた。
「救助を最優先するように」
デストロンは市街地でも何の遠慮もしない。
そこに暮らす人々をとにかく安全な場所へ、そうプロテクトボット達に言ってコンボイは号令をかけた。
いつにもましてデストロン達の攻撃は容赦なく、襲われた工場は既に見る影もなく破壊された後だった。
周辺の建物も被害を免れず、半壊した建物から人々を誘導しながらファーストエイドはずきりと胸が痛んだ。
誰かが傷付いているのを見るのは辛い。より繊細な身体を持つ彼らならなおのこと。
その時ごおおっと上空に聞こえたエンジン音にファーストエイドはついそちらを見上げてしまった。
「ファーストエイド!」
ホットスポットの叫び声に彼ははっとした。
低空飛行で迫ってきた赤いジェットのせいで、建物がぐらぐら揺れている。
上がった悲鳴にファーストエイドは慌ててトランスフォームした。
間一髪のところで中に残っていた人々を運び出し、安全な場所へ避難させると襲ってきた自己嫌悪で目の前が真っ暗になった。
「どうしたんだ、ファーストエイド。自分の仕事を忘れるな」
近付いてきたホットスポットが難しい顔で言う。
ファーストエイドにはただ謝ることしかできなかった。
基地に帰ると、ファーストエイドはホットスポットに呼ばれた。
「救える命を私達のミスで失ってはいけない、そうだろう?」
柔らかな叱責とそれに続く励ましの言葉に、なんだか泣きそうになってファーストエイドは俯いた。
「とにかく、君は少し休んだ方がよさそうだ。君のためだけじゃなく、皆のためにも」
ホットスポットは苦笑めいた笑いを浮かべた。
「誰も彼も君のことを心配してるのさ」
もちろん私もね、と付け加えて悪戯っぽく笑うので、ファーストエイドもつられて笑う。
肩を叩く優しい手に、言えるのはごめんなさいとありがとうだけだ。
何かと忙しい皆に数日とはいえ自分の仕事まで押し付けてしまうのは悪い気がしたが、彼らは皆口を揃えて休めと言う。
結局その言葉に甘えて、ファーストエイドは街へ出てみることにした。
やや後ろめたい気持ちも最初はあったが、時間にも行き先にもとらわれずに自由に走るのは確かに気分を変えてくれる。
さすがに仕事を忘れるのはだめだった。街ではなんやかんや事件が起こるものだ。
その日も怪我人を病院に運んで帰路につくと、もう辺りはすっかり暗く人通りもなかった。
皆の心遣いや一人きりの時間のおかげでやや気分が軽くなったとはいえ、悪夢は相変わらず続いて消えることのない影を落としていた。
暗い道を走っているとよけいに心細さや不安も込み上げてくる。
ホットスポットに言って仕事に復帰させてもらおう。そう思った時急に名前を呼ばれた。
トランスフォームして辺りを見回したファーストエイドは、飛び降りてきた影に息を呑んだ。
「よう」
「ダージ?!なんで…」
びっくりして言葉の続かないファーストエイドにダージはすまなそうに苦笑する。
「驚かせて悪いな。ちょっと近くまで来てたんで、どうしてるかと思って」
もしかして会いに来てくれたのだろうか。
「久しぶりだね。元気だった?」
どうしようもなく嬉しくて声が弾む。
さっきまでの暗かった気持ちが嘘のようだ。
「まぁまぁってとこだな。お前こそ最近どうなんだ?昨日も見掛けなかったし、今日もこんな時間に一人でうろついて」
「もう帰るところ。…それより昨日って?」
「知らないのか?ちょっとしたぶつかり合いがあったんだが」
「戦闘?」
え、と思わず出た声にダージが首を傾げる。
「なんだ、知らなかったのか。いや、お前のお仲間も居なかったから別のところで働いてるのかと思ってた」
昨日は少し遠出していたのでファーストエイドはまるで戦闘のことなど知らなかった。
ホットスポットも教えてくれたら良かったのに。
大丈夫だったんだろうか、と不安に思っているとそれに気が付いたらしく、ダージが宥めるように笑った。
「俺達が引き上げたんだ、サイバトロンは皆無事だぜ」
ほっと息をついてしまってからあからさまに安心するのも悪いと思ったが、彼は気がついた様子もなく呟く。
「お前がいるかいないかいつも気になっちまうんだよな。いない方が気が楽なんだが、いないならいないでどうも気になる。でもまあ…元気みたいだしな」
ダージがそう言ってふっと笑ったので、ファーストエイドは言葉に詰まった。
縺れる舌で何か言おうとするとそれを遮ってダージが手を掴んでくる。
「なあ、時間あるだろ。少しつきあえよ」
返事をする間もなくトランスフォームしたダージに押し上げられ、ファーストエイドは急上昇する翼に慌ててしがみつくのがやっとだった。
どんどん地面が遠くなる、と思っていると突然また地面が近付いてきて、下ろされたのは基地にやや近い山の上。
「こっからの星が綺麗なんだ」
空を見上げたダージにつられて見上げれば本当に美しい光景が広がっていた。
一面に散りばめられた星が眩しいほどに輝き、空気も澄み切って心地良い。
ファーストエイドが声もなく見入っていると隣でダージが笑う気配がした。
「気に入ったか?」
「うん、すごく」
そのままそこへ座ってぽつりぽつり話す。
なんでもない話でもダージはつまらない顔一つせずに相槌を打ってくれるので、ファーストエイドは任務中の失敗のことや夢の話もしてしまった。
「何か悩み事でもあるのか」
聞き終わった後、ダージは心配そうにそう言ってくれた。
俺で良ければ聞く、とも。
「優しいね、ダージは」
「たまにな」
こつりと彼の肩に頭を預けて、ファーストエイドは微笑んだ。
たまに、じゃなくていつも、だ。
自分の周りの人は皆優しいから、いつだって甘えてしまう。
「悩み事…なんだろう?」
「なんだ、わかんねえのか」
「うーん」
ダージが呆れたように笑う振動がひどく心地良い。
「ダージ」
「ん?」
ファーストエイドは彼に寄り添ったまま尋ねた。
「また会いに来てくれる?」
「…さぁな」
「じゃあもうちょっとこうしてていい?」
「ああ」
笑って頭を撫でた手に安心してファーストエイドは目を閉じた。
消えない温もりはとても温かくて優しい。
すやすやと寝息を立て始めたファーストエイドに苦笑してダージはそっとファーストエイドを地面に寝かせた。
それを見計らったようなタイミングでブロードキャストから通信が入る。
[やぁ、上手くいってるかい?]
小さく溜息をついてダージはそれに答えた。
[ねちまったよ]
[おや、無防備なもんだねファーストエイドも。なんかしちゃだめだよ?]
[おい俺はそんなことしねぇぞ]
[ま、手出してもファーストエイドは怒らないと思うけどね]
[…]
[ありゃ、怒った?]
[いや、ファーストエイドが…]
ファーストエイドが身じろぎするのを視界の隅で見てダージはそっと手を差し出した。
「悪い、起こしたか?」
「…ダージ?」
「ん、どうした」
差し出した手をファーストエイドが掴む。
もぞもぞと近付いてきた彼の眠そうな声が少し可笑しい。
「もう少し、居て」
言うだけ言って寝てしまったファーストエイドを見つめて、ダージは少し赤くなった顔で溜息をついた。
[おい、ブロードキャスト]
[どしたの]
[ファーストエイドが手にぎったまんまねちまったぞ]
[わわ、ごきげんだねそりゃ]
[帰れねぇ]
[帰る気だったわけ?!]
[黙って出てきたしなぁ…]
[駄目だよ、少なくともファーストエイドが起きるまではいなくちゃ]
[うーん]
[そういう小さな心掛けががっちりハートを掴むんだよ]
[なんだそりゃ]
[ともかく、ファーストエイドは寝不足なんだから]
[どうしたんだろうな、こいつ。何悩んでんだかしらねぇが酷い顔だったぜ]
[だから君を呼んだんじゃないか。悩んでる事なんて君のことに決まってるだろ]
[でも悪夢見るってよ?俺が原因か?]
[長いこと連絡一つないから不安だったんじゃない?]
[あのな一応敵同士なんだからそんな頻繁に…]
[あれ、俺とはよく話すのに]
[それはお前が勝手に通信してくるからだ]
[ファーストエイドとも専用の回線作れば?ラブコールラブコール]
[とも、ってなんだ。俺はお前と専用の回線なんて作った覚えねえぞ!]
[ま、考えてみなって。帰ってきた時にファーストエイドが泣いてるとかなしだからね]
[脅してるのかよ。言われなくてもそんなことしねえよ]
[でも据え膳食わぬは男の恥、とも言うし]
[黙れ!]
[ははっじゃあね]
[もうつないでくんな]
[うーんどうかな]
切れた通信に軽く顔を顰めてダージは眠っているファーストエイドに目を遣った。
安心しきった様子で寝ているから、これではとても一人置いては帰れない。
困ったな、とあまり困っていなさそうに笑ってダージは起こさないように気を付けながら隣に寝そべった。
うぅんと身動きしたファーストエイドはダージにもぞもぞと寄り添ってきた。
思わず身を固くした自分に苦笑してそっとファーストエイドをつつく。
「よく寝てるな」
軽くつついたくらいでは起きやしない。
専用回線、か。
そんなことでブロードキャストの言うようにファーストエイドの悩みが果たして解消されるのかわからない。
だが物は試しだ。起きたら話してみるか、と欠伸してダージも目を閉じた。
ふと目が覚めたファーストエイドは隣でダージが軽くいびきを立てて寝ているのを見て仰天した。
夢、ではないらしい。
しばらくして何があったかを思い出した彼は眠ってしまった自分に少し呆れた。
でも久しぶりにすっきりとした目覚めだ。
いつもの悪夢ではなくとても良い夢を見ていた気がする。
もう少し寝ようかな、と思った時ダージが小さく呻いて目を開いた。
「なんだ起きたのか」
「うん」
「もう少し寝かせてくれ」
いかにも眠そうにダージが言う。
お前も寝ろ、と隣を叩いて促すのに頷いてファーストエイドも横になった。
「…なぁ、専用回線でもつくるか?」
眠ってしまったと思ったダージに急に言われ、ファーストエイドは一瞬戸惑った。
「君との?」
無言で見返してきたダージの視線がそれを肯定している。
かっと顔が熱くなるのを感じてファーストエイドは慌てた。
目の前の赤い目はじっと答えを待っている。
「うん、いいよ」
平静を装ってみたけれど、上手く行ったとは思わない。
「じゃあそうしよう」
それだけ言ってダージはまた黙り込む。
すぐに聞こえ始めた穏やかな寝息にファーストエイドは小さく息を吐いた。
自分だけが過剰に反応してしまっていることはわかっている。
専用回線と言われただけで、まるで恋人同士だ、なんて思ってしまった自分が恥ずかしい。
ダージは多分友達との連絡手段として捉えているはずだ。
なんにしろこれからたくさん話せることに変わりはないのだけれど。
たわいもないお喋りでも自分はとてつもなく幸せになれる。
なんだかどきどきしてきた。
幸せそうに口元を緩めてファーストエイドはダージの寝顔を見上げた。
だんだん襲ってきた眠気にもう悪夢の気配は感じられない。
*2008/10/08
*2009/09/04 加筆修正