midair



 タイトルはお題サイト「シェイクスピア」様、100題より



 部屋に戻ると何かがいつもと違う様な気がした。
 まるで誰かが入り込んでそこかしこを弄ったような些細な違和感。
 まさかな、神経質になりすぎだ、とダージは首を振ってベッドに腰を下ろした。
 仕事を終えて今日は一日自由の身。
 休むもよし、遊ぶもよし、何をしようかと思ってふと顔をあげると、机に何か置いてあるのが目に入った。
 見たことのある…と手を伸ばしかけた途端突然それが膨れ上がる。
 思わず飛び退いて見上げたダージを机の上に立ち上がったサイバトロンはにっこりと笑って見下ろした。
「閉めた方がいいよ」
 笑いながら指摘され、ダージはぽかんと開けていた口を慌てて閉じた。
「お、お前ここで何してるんだ?サウンドウェーブの部屋ならこの先だぞ」
 狼狽気味に言うとそのサイバトロン─ブロードキャストは吹き出した。
「ご親切にどうも。でも今日はあいつと遊びに来た訳じゃない。もっとご機嫌な用事さ」
 何?と顔を顰めたダージに構わず机の上に座ると、ブロードキャストはひょいっと胸から小さなものを取り出した。
 それが花、しかももういい加減季節外れな夏の象徴である黄色い花であるのを見て取るとダージは首を捻った。
「なんのつもりだ?」
「俺から、と言いたいとこだけど、預かりものでね」
「誰から…まさか」
「んんん?」
「…ファーストエイドか?」
 ブロードキャストの口が楽しそうに弧を描き、ダージはそれが正解であることを悟った。
 デストロンの誇る優秀な情報家のライバルであるサイバトロンは、ひどく意地の悪い顔で笑いかけてきた。
 何か見透かすような視線にダージは居心地の悪さを感じた。
 サウンドウェーブと少し似ていることは否めない。纏うオーラは違っても大体似たようなものだ。
「さっさと寄越せ」
 これ見よがしに花の香りを楽しむような振りをするブロードキャストに苛立ってダージは舌打ちした。
 脆いものだから、無理矢理引ったくったらだめになってしまうかもしれない。
 そう思うとブロードキャストの手からその花を奪うことは出来なかった。
「ファーストエイドってば俺がデストロンの基地に行くって聞いたらやけに興味を持つと思ったんだけど」
 まさか、こんなねぇ…と笑ったのを見てダージはぞっとした。
「それで?どこまでいってるのさ」
「何の話だ」
「とぼけないでほしいなぁ、ファーストエイドとの仲だよ。他に何があるっての」
「なんでてめぇに話さなきゃなんねぇんだ。とっととそれ渡して消えろ」


 ダージは苛々したように花を受け取ろうと手を出している。
 ブロードキャストは内心楽しくてしょうがなかった。
 ファーストエイドが躊躇いがちに頼み事をしてきた時みたいにすぐにはわからないが、優秀な情報兵である彼はファーストエイドの名前を口にした瞬間ダージの顔を過ぎった感情を見逃してはいない。
 デストロンてのは素直じゃない、と花の匂いを軽く吸い込んでブロードキャストは思った。
「やれやれ、デストロンの気の短さは病気だね」
 銃を取りだしたダージに苦笑して彼は花を渡してやることにした。
「俺は辛抱強いほうだぜ。他のやつらなら部屋に入った瞬間に撃ってる」
 冗談まで口にするほどダージは喜んでいるらしい。
 それに緩んだ顔を隠そうともせず。もしかしたら無意識なのかもしれない。
 無慈悲に引き金を引くのと同じ手で丁寧に花を持ち、ずっと柔らかい調子でダージは尋ねてきた。
 優しげと言ってもいいほどの声だけど、わざわざ指摘してあげるほどブロードキャストはデストロンに対してお人好しではなかった。
「あいつ、元気か?」
「最近徹夜が多いみたいだけどね、やることは尽きないから」
 皮肉にも気付かずにダージはそうか、と呟いただけだった。
 しばらく花を見つめていた彼が急に顔を上げたものだから、ブロードキャストは一瞬警戒態勢に入りかけた。
「なんだよ、お前今更撃たれると思ったのか?」
 ダージが呆れたように言い、するりと表情が解けて笑顔を作る。
 呆れが大半を占めた笑いだったが随分と印象が変わるものだ。
「それよりこれだけか?他になにか…その…手紙とか?」
「ううん、それだけ」
「ほんとか?お前隠してねぇだろうな」
 探るような視線を受けてブロードキャストは苦笑した。
「そんなことしないって」
 そうか、と頷いたダージはふと気が付いたように部屋を見回した。
「お前、少し待ってろ」
 言い置いてがさごそ部屋中引っかき回し始める。
 ぶつぶつ言いながら物を引っ張り出しては首を傾げ、を繰り返すのでブロードキャストは怪訝そうに聞いた。
「何してんの?」
「ファーストエイドになにかやるんだよ」
 わお。
 ブロードキャストが目を見開くとダージはちょっと怒ったように言った。
「でも何がいいかわからん。あいつの喜びそうな物って何だ?」
「そりゃ…」
 そんなの答えはたった一つに決まっている。
 でもそれは酷く難しいものだったので、ブロードキャストは代わりに机の上に転がっていたペンを手に取った。
 デストロンでもデスクワークはやるらしい。紙媒体も使ってるなんて意外だ。
「これは?」
「使い古しだぞ」
「それがいいんじゃないか」
「そんなものか?」
 ブロードキャストが言うとダージは不思議そうな顔をした。
 それでも他には思い付かなかったらしく、結局首を振る。
「ちゃんと渡せよ」
 言った後で早く行け、と急かすものだからブロードキャストはわざとむっとしたような顔をしてみせた。
「随分冷たくない?」
 苦虫を噛み潰したような顔でダージはエネルゴンを引っ張り出してきた。
 ブロードキャストがにっこり受け取ると彼はさらに渋い顔になった。
「これ飲んだら帰れ、で、ちゃんと渡せ」
「わーかってるよ」
 溜息をつくと、ダージは空のコップに水を張って花を入れた。
 背を向けた時に"全く…サイバトロンめ"とぼやくのが聞こえたが振り返った表情はまた驚くほど優しい。
「君、ファーストエイドが好きなの?」
 その意外な表情に思わず抱いていた疑問が滑り出る。
 怒るかと思ったが、ダージはごく軽く首を傾げただけで声を荒げることもしなかった。
「わからない。あいつのことは気に入ってるが」
 言って自分もエネルゴン片手に椅子に腰掛ける。
「…サイバトロン、だしな」
 苦笑いを浮かべてエネルゴンを呷ったダージを見つめて、ブロードキャストはその声に混じった切ない響きに気が付かない振りをした。


「お前よくしゃべるな」
 しばらくブロードキャストのお喋りに適当に相槌を打った後で、呆れたようにダージは笑った。
「君はむっつりだね」
 言い返すと彼はただ苦笑して手を振る。
「そろそろ帰れ。どうせ任務は終わらせてるんだろ」
「見逃してくれるのかい?」
「あいつに免じてな。次はねぇぞ」
 細めた目は鋭く、優しさなど微塵も見つけられなかった。
「じゃあ、行くよ」
 背を向けて行こうとするとダージの声が追いかけてくる。
「あいつによろしくな」
「了解」
 手を振って部屋を出た後、ブロードキャストは無事に基地を抜け出した。


 皆の出迎えを受けてちょっとしたお土産話を披露した後、ブロードキャストはファーストエイドの部屋に向かった。
 ノックしてから扉を開けると、ファーストエイドは机に向かっているところだった。
 いつでも仕事熱心なことだ。
 そこも彼の良いところだと思う。
「ファーストエイドー」
 振り返ったファーストエイドはぱっと顔を輝かせた。
「ブロードキャスト!お帰り」
 少しもじもじして口ごもった彼をブロードキャストは微笑ましく思った。
 ペンを差し出すとファーストエイドは嬉しそうに息を呑んだ。
「わ、あ、もしかして…!」
「ダージがよろしく、ってさ」
 ありがとう、と言う声にも喜びが溢れていて、ペンを眺めるとファーストエイドはいかにも幸せそうに溜息をついた。
「元気そうだった?」
「うん、多分ね」
「多分って」
 くすくす笑った後ファーストエイドが真剣な顔をする。
「すまなかった、変な頼み事して。自分のことしか考えてなくて、本当に軽率だった。君が危ない目に合わなくて良かった。…でも、あと一つだけお願いがあるんだ」
「俺は今日は任務をしに行っただけだよ」
 先回りしてそう言うと、ファーストエイドはほっとしたように肩を落とした。
「本当にありがとう、ブロードキャスト」
「気にしないでくれよ。なかなか楽しかったしね」
「ダージっていい人だよね。そう思わない?」
「そこそこってとこかな。俺の好みとはちょっと違うけど」
 笑って肩を叩くと、ぼっと音をたててファーストエイドの顔が染まった。
 素直なのは彼の良いところだ。
 感情を隠すことが何よりも必要な所で生きているブロードキャストには、彼の見せる素直すぎるほどの感情の動きが微笑ましかった。
 固まっているファーストエイドに手を振ってブロードキャストは部屋を出た。


 お互いの贈り物に嬉しそうな顔をした二人を思い浮かべると自然と口元が緩む。
 ハッピーエンドには音楽を贈ろう。
 報告をするためにコントロールルームに弾む足取りで向かいながらブロードキャストはくすくす笑った。




*2008/10/05
*2009/08/10 加筆修正
夏の象徴な黄色い花=向日葵 花言葉は[愛慕・あなたをみつめる]
"季節外れ"うんぬんは書いたのが10月だったから、です