midair





 無性に苛々してダージは机に拳を叩き付けた。
 そんなことで苛々が消えるはずもなく、僅かな拳の痺れと机の凹みが残るばかり。
 ダージは拳をさすりながら溜息を吐いた。
 何が原因かは分かっている。
 分かってはいるが、それを認めるのは嫌なのだ。
 そのくせそれを忘れることも出来ずにこうやって馬鹿みたいに苛々して。
 深い溜息と共にダージは投げ出された鎖に目を遣った。
 こんなものを持ってきて、一体どうするつもりなんだか。
 千切れた足枷を顔を顰めて摘み上げると、彼はそれを部屋の隅に放り投げた。
 ファーストエイドが居なくなったのはもう随分と前のことだ。
 サイバトロンが仲間を掠われて黙っているはずもなく、すぐさまやって来た彼らに基地は相当な被害を受けた。
 彼の居なくなった後の牢に残ったのは千切れた鎖だけで、気が付けばそれがこうやってダージの部屋にあるというわけだ。
 どうしようもない苛立ちにダージはもう一度机を殴りつけて、立ち上がった。


 バーの片隅に陣取って、ダージはエネルゴンを飲み始めた。
 少しでも気を紛らわせられれば。そう思ったのにふと頭に浮かぶのはやっぱり同じ疑問だった。

 あいつは何をしているだろう?
 怪我はもう治ったんだろうか?

 考えまいとしてもどうにも上手くいかない。
 もう一つ、彼を悩ませているのは自分がおかしくなってしまったのではないか、という不安だった。
 彼の繋がれているのを見て加わる気にもなれず、かといって仲間を抑えることも出来ず、後からこっそり助けたりなんかして、明らかに普通のデストロン兵のすることじゃない。
 頭から消えぬ疑問と強い自己嫌悪とに苛まれたダージにはエネルゴンの味などわからなかった。
 何杯目だか、ぐいっと呷ったエネルゴンをぼんやりと眺めていたダージは、揺れるピンク色に映った見慣れた顔に振り向いた。
「よう」
 手を挙げて挨拶をし、ラムジェットは機嫌良さそうに隣へ座る。
 ダージがただ頷くと彼は少しトーンを落として尋ねた。
「しけた面してどうした」
「なんでもない」
「ふーん?そうかよ」
 ラムジェットは聞き返すでもなく、黙ってエネルゴンを呷る。
 横目でちらりと伺ってダージは小さく溜息を吐いた。
 こいつは勘が悪いのか、無頓着なのか。それとも何かに勘付いている?
 最後のは有り得なそうだったがともかく何も聞かずにいてくれるのが今は有り難かった。
 しばらく無言で飲んでいたラムジェットが思い出したようにぽつりと呟いた。
「そういえばこないだ逃げたサイバトロンいるだろ?あいつ性懲りもなく出歩いてたぜ。まぁ仲間と一緒だったから手出しゃしないけどよ」
 がたっと椅子を鳴らして突然立ち上がったダージを不思議そうに見上げてラムジェットは首を傾げた。
「どうした?」
「いや、ちょっと用事を思い出した。残り、飲んで良いぞ」
 半分ほど残ったエネルゴンを呆気にとられているラムジェットに押し付けて、ダージはバーを飛び出した。
 廊下をハッチに向かって直走る。
 何故走っている?会って一体どうする?
 躊躇う気持ちも強かったが、それよりも早く、という焦燥の方が強かった。
 舌打ちしてダージはトランスフォームした。
 一気に加速していけばハッチはもうすぐ目の前だ。
 空へ飛び出すと、センサー感度を上げて知った反応を探す。
 予想に反して反応はすぐにあった。
 トランスフォームするとダージは眉を顰めた。
 基地からあまりにも近すぎる。ラムジェットは仲間が一緒、と言ったが大勢いるのではなくたった一人だ。
 自分が怒っているのに気付いてダージは困惑した。
 でも、何に?
 出ない答えに全ての考えを放棄して彼は身を翻した。
 俺は、デストロンだ。
 サイバトロンと馴れ合うような事は出来ない。第一、何をそんなに気に掛けることがある。
 少し疲れているだけだ。
 急に飛び出してくるなんて全く何してるんだか。
 早く帰らねば、と思っても速度は酷く遅かった。
 一目見るだけならいいじゃないか、そうしたら本当に終わりにすればいい、と内に囁く声を聞いて、ダージは結局誘惑に打ち勝てず僅かな逡巡の後向きを変えた。
 もう一度センサーを展開させると先の地点での反応は一つになっていた。
 それと離れていく反応が一つ。


 ダージが地上に飛び降りると、ファーストエイドが一人で立っていた。
「やぁ、やっぱり君だった」
 嬉しそうに笑って近付いてくる彼に返す言葉を見つけられずダージは後退りした。
「ダージ?」
 その声に微かに混じるのは、何だろう。
「怪我、もういいのか」
 怯えでも恐れでもないそれに躊躇い、やっと出たのはそんな言葉。
 もっとましなことを言えばいいのに、と彼は口下手な自分を呪った。
「すっかりね。君のお蔭さ」
 ファーストエイドは腕や腹を示して笑った。
 よかったな、とぼそぼそ呟いてダージはふと浮かんだ疑問を口にした。
「誰かと一緒だったんじゃないのか?」
「ああ、パーセプターと調査に来てたんだ」
「なんで先に帰した?」
 ごく普通の問だと思ったが、ファーストエイドは何故か口ごもってしまう。
「それは…その…つまり…」
 答えを聞く前に、ダージは弾かれたように空を見上げて舌打ちをした。
 耳慣れた轟音はラムジェットとスラストのもので、それはこちらへ急接近しつつある。
 慌ててファーストエイドの手をひっつかんで目に付いた岩場に飛び込むと、ダージは何か言い足そうにした彼を問答無用で押さえつけ彼らが気付かずに通り過ぎてくれるのを願った。
「てめぇなんで一人でこんなとこうろついてたんだ!もう一度でも捕まってみろ!今度は殺されるかもしれないんだぞ?!」
 去っていくエンジン音に安堵しつつも、湧き上がってきた怒りに任せてダージはファーストエイドを怒鳴りつけた。
 どうやら明確に彼を追っていたわけではなさそうだったが、運が悪ければ見つかっているところだ。
 そう思うとまたふつふつと湧いてくる感情がある。
「わかっているよ」
 言おうとした言葉は穏やかな声に遮られた。
「でも来ずにいられなかったんだ」
 ごめん、と困ったように笑ってファーストエイドは膝を抱え込んだ。
「自分でもおかしいと思うよ。デストロンには痛い目に遭わされてるのに、のこのこ基地の近くにいくなんて。捕まえてくれっていってるようなものだ。でも、ひょっとしたらもう一度会えるんじゃないかと思って。…もう一度だけ、って」
 膝に顔を埋めたまま呟くファーストエイドを見て、ダージは力が抜けたようにずるずると座り込んだ。
「冗談じゃない」
 呟くとえ?とファーストエイドが首を傾げる。
 曖昧な苦笑いを返してダージは隣に座るサイバトロンと同じように膝を抱えた。
 同じだ。
 自分の考えていることも大体同じじゃないか。
 もう一度、そう、もう一度だけって。
 にじり寄ってきたファーストエイドに考え込んでいたダージは気付かず、翼に触れる手に我に返った。
「怪我してる」
 岩場で擦り剥いたのか、確かに翼の先端が少し曲がり塗料も剥がれている。
 といっても飛ぶのに支障はなさそうだ。
「これくらい」
 平気だ、と足を引っ込めようとすると、ファーストエイドは意外に強い力でそれを止めた。
「治させてよ」
 言いつつリペア道具を出している彼に吹き出して、ダージは足を出した。
「断ってもやるつもりだろ。頼むぜ、ファーストエイド」
 照れたような笑いを浮かべてファーストエイドは頷き、そっと翼に手を滑らせた。
 真剣な横顔を眺めていると、くすぐったさに似た何かがじわりと広がっていく。
 溜息をついてダージは口を開いた。
 小さな声で、でもよく聞こえるように。
「たまに会うか?」
 え、と顔を上げたファーストエイドの間抜け面に笑う。
 つられて笑い出した彼にまた笑っているうち、ダージは胸につかえていたものが消えていくのが分かった。




*2008/09/20
*2008/11/26+2009/08/07 加筆修正