[任務完了。捕虜一名、帰還します]
スカイワープからの通信にメガトロンは満足そうに頷いた。
「なかなかの成果ではないか?え、スタースクリーム」
「そうですね」
ぶっきらぼうに言って、スタースクリームは少し間を置いた後付け加えた。
「俺が出てたらもっと成果をあげてますよ」
メガトロンはNo.2の呟きに苦笑しただけだった。
スカイワープ達が基地に戻ってからしばらく後。
連絡を受けたメガトロンはスタースクリームとサウンドウェーブを伴って基地の奥へと向かった。
その一区画は他とは格段に照明が少なく、雰囲気も段違いに重苦しい。
ここは多くのサイバトロン戦士達を陰鬱な気分にさせてきた。時には違反を犯したデストロン兵士をも。
駆け寄ってきたスカイワープが追加報告を行う。
「捉えたのはサイバトロンのプロテクトボットの一人でした」
「良くやった。一人でも欠ければガーディアンは誕生せんからな。死なない程度に痛めつけておけ」
「わかりました」
互いに浮かべた笑みは冷たい喜びに満ちている。
きびきび動く部下達を眺め、メガトロンは実に満足げだった。
「スタースクリーム、任せたぞ。わかってるな」
「もちろん」
メガトロンの背に、口の端を歪めてスタースクリームが呟く。
獄の中で鎖に繋がれているのはファーストエイドだった。
デストロン達の会話を聞きながら、彼は自分の無力さに歯噛みしていた。
そして、ふらりと一人で外にでる自分の悪癖にも。
メガトロンの言った通り、合体戦士は一人でも欠ければだめだ。
集中攻撃をかけられた時ガーディアンが居ないのはサイバトロンにとって大きな痛手になりうる。
私はどうしてこうなんだ、と唇を噛んでファーストエイドは繋がれた鎖を睨みつけた。
その視線にも鎖は溶けることなく、代わりに重い音を立てて扉が開く。
顔を上げたファーストエイドはとたんに怯みそうになった心を叱咤した。
まわりを取り囲むのはいずれも凶悪な笑みを浮かべたデストロンの兵士達。
一つ深呼吸してファーストエイドは彼らを睨み返した。
「随分生きが良いな」
舌なめずりしそうな顔でスカイワープが言うと目を細めたスタースクリームもそれに続く。
「楽しませてくれそうではあるな」
二人を見て肩を竦めたサンダークラッカーは哀れみを多分に含ませた笑いを浮かべた。
「お前はどうする」
スタースクリームの問に濃紺の情報参謀は首を振った。
「お前達に任せよう」
冷たい光を湛えたバイザーに一瞥されてファーストエイドは背筋が凍る思いがした。
去っていくサウンドウェーブに自然と安堵の息が漏れる。
彼がいないことで少しは良いような気がした。これから起きることに変わりはなくとも。
「あいつが加わらなくても充分地獄を見せてやれるぜ」
ファーストエイドの安堵をスタースクリームの笑いが吹き飛ばす。
無理矢理上げさせられた顔のすぐ近くに冷徹な顔が寄せられて、彼は思わず息を呑んだ。
「俺達も混ぜてくれよ」
楽しそうな声と何人かの足音。
立ち上がったスタースクリームの後ろに見覚えのある脚を見つけた気がしてファーストエイドはぎくりと身を強張らせた。
違う違う、そう否定したくても、ここはデストロンの基地で、"彼"のいる可能性は十二分にあるのだった。
「ふん、ではじっくり楽しませてもらうとするか」
はっきりと確かめる前に彼の身体は乱暴に引き摺り上げられた。
体勢を立て直す暇もなく出力を絞ったビームが体中に突き刺さる。
自分が悲鳴を上げていることにすら気付かぬまま、ファーストエイドはただひたすらに"彼"を探した。
感じている痛み以上の絶望が待つだけかもしれなくとも探さずにはいられなかった。
揺らぐ意識の中で捉えたのはやはり見覚えのある青。
ぎゅっと唇を噛んだのはやっと気付いた悲鳴を上げまいとしたからではない。
呼んでしまったら、駄目だから。
その口をこじ開ける無慈悲な指にファーストエイドの意識は暗くなった。
「まだまだ、終わらせねぇよ」
落ちそうになった意識も新たな痛みに無理矢理引き戻される。
容赦ない拷問は声が擦れ、身体の大半が傷だらけになるまでやまなかった。
「また遊ぼうな」
楽しそうな声と嘲るような笑いが去っていく。
ぼんやりとした意識でそれを理解して、ファーストエイドは痛む身体を牢の隅へと引き摺っていった。
崩れ落ちるように横たわると全身を走る痛みに自然と呻き声がもれる。
目を閉じて少しでも楽になろうとしたがそれすらも許されぬようだった。
それでも浅い眠りにまどろんでいた彼は近付いてきた気配に弾かれたように覚醒し、そのとたん突き抜けた痛みに悲鳴をあげた。
「なんで捕まったりしたんだよ」
降ってきたのは静かな、苦々しい声だった。
ああ、そんな。ファーストエイドはぎゅっと目を閉じたが、ダージの苛立ちを含んだ大声にまた目を開く。
どすんと前へ腰を下ろしたダージは溜息をつくとそのまま黙ってしまった。
ファーストエイドは痛むのを我慢して巻き付いた鎖の許す限り彼へ手を伸ばした。
つま先に軽く触れた指に、顔を上げたダージは困ったような笑みを浮かべた。
「俺、おかしいよな」
なにやってるんだろう、と困惑した声にファーストエイドは何故か胸が苦しくなった。
「私が一人ででてきたから…」
擦れた声だけでもみっともないのに。
急に込み上げてきた咳はちっとも止まらなかった。
言いたいことも言えぬまま、ファーストエイドは咳き込みながら涙が出そうになるのを必死に堪えた。
「おっおい、大丈夫かよ」
慌てたようにダージが背中を叩く。
「エネルギー切れか?」
尋ねられて残量を調べてみると確かにそのようだった。
傷から流れ出して失ったオイルも少なくない。
ファーストエイドが小さく首を縦に振るとダージは溜息を吐いた。
「ったく、こんなの知られたらなんて言われるか」
自嘲気味に呟かれた言葉にファーストエイドが戸惑っていると、ダージがぐっと身を乗り出してきた。
ダージの手が下腹部のハッチに触れ、しばらく迷った後それをこじ開ける。
「なっなに、なにする気だ!?」
仰天して思わず引いた腰が強い力で引き戻される。
「大人しくしてろ。俺だって…好き好んでやるわけじゃねぇよ」
見上げてもこの暗さのせいでその表情を窺う事は出来なかった。
ファーストエイドは息を殺してダージの次の行動を待った。
目の前にいるのがダージでも、デストロンから与えられた恐怖は蘇ってくる。
彼が何をごそごそしているのかわからずにファーストエイドは怯えていた。
また唐突に肩を掴まれたかと思うと、何を、という間も与えられずに身体に電流が走ったかのような衝撃。
「うぁああっ、なぅ、なっ何…あっや、やめ」
制御出来ぬ叫びがファーストエイドの口をついたが、素早くダージの手が塞ぐ。
「すまん、加減が」
息苦しさと恐怖にパニックになりかけていたファーストエイドの耳元でダージが苦しそうな声で謝った。
「お前を傷付けるつもりはない、少し痛いかもしれんが叫ばないでくれ」
そっと手が外されファーストエイドは大きく息を吸った。
恐怖は消えたが続いている痛みに似た初めての感覚にただ為す術もなく喘いでいると、始まった時と同じに突然それは止んだ。
代わりにもっと緩やかな感覚に包まれる。
「ダ、ダージ…!」
伸ばした手を掴んでダージはまた困ったように笑った。
「加減が上手くできなくて、悪かったな。エネルギーを分けるには確かこうやるのでもいいと思ったんだが」
まだ痛いか?と心配そうに覗き込まれてファーストエイドは慌てて首を振る。
「なんだか温かくて…気持ちが良い」
「ん、俺も。っと、そろそろか」
抜くぞ、と言われてその後に来た感覚にぶるりと身が震えた。
もらったエネルギーのお蔭ですぐに自己回復が始まる。
じんわりとした痺れの中でファーストエイドは感謝を込めてダージを見上げた。
「ありがとう、ダージ」
ダージは酷く複雑そうな顔で溜息を吐いた。
「礼なんて言うな。ほんとは怨んでくれた方がいいんだよ。それがお互いの為だ。…俺達は会わない方が良かったのにな」
その言葉に驚いて身を捩るとがちゃりと鎖が冷たく鳴る。
近付くことも出来ずファーストエイドはがむしゃらに身を捩った。
「俺はお前を助けられない。あいつらをとめることすら出来なかったし、これからも出来ない。逃がす手助けだって出来ない。だから…」
俺を怨んでくれ。
そう言うと、ダージは振り返ることなく出て行った。
その背中を見送りながらファーストエイドは涙が溢れてくるのを止められなかった。
ダージの言葉は彼の心を引き裂いたけれど、それでもダージを怨むことなど出来ないし、会わなかった方が良かった、とも思わない。
君と出会った事を悔やむものか。
誰が、何が阻もうとも、命が尽きるその時にも、私は後悔などしないのに。
緩やかな回復と共に訪れた眠気に引きずり込まれながらファーストエイドは思った。
*2008/09/16
*2008/11/25+2009/08/05 加筆修正