midair





 辺りには木の燃える匂いが満ちていた。
 破壊の残り香はいつでも嫌なものだ。
 デストロンとサイバトロン、どちらの勝利とも分からない戦闘の後、ファーストエイドは一人破壊された森を歩きながら溜息を吐いた。
 ふと思い出すのは以前ビーチコンバーの話してくれたゴールデンラグーンのことだ。
 倒された木々を跨ぎながらあてもなく歩く。
 頭に浮かぶのはいくら考えても答えなど決してでないようなものばかり。
 本来ならば、基地に帰って仲間のリペアをしなくてはならない。
 だが、胸に込み上げる哀しみとも怒りともつかないものがファーストエイドの足を基地から遠ざけていた。


 ぼんやり歩いていたファーストエイドは、突然冷たい目に射すくめられて息を呑んだ。
 岩にもたれかかってこちらを睨みつけているのはデストロンの青い航空兵だった。
 無言で向けられる視線に身動きできない。
 息の詰まるような沈黙の中でしばらく睨み合いが続き、デストロンの航空兵は舌打ちをするとふっと目を逸らした。
 ファーストエイドが恐る恐る近付こうとすると、足元に威嚇するように銃が放たれる。
「早くどこかへ行け、それとも鉄屑にされたいのか」
 冷たい声が響く。その声はどこか歌うような響きを持っていたが、決して優しいものではなかった。
「動けないと思ってなめてるのか」
 彼は動こうとしないファーストエイドに苛立ったように言葉をぶつけてくる。
 その言葉にファーストエイドは自分の動けなかったわけを悟った。
 彼に立ち去りがたく思わせていたものは、目の前のデストロンが負った酷い損傷だった。
 動けないってことは機動系をやられたんだろうか、それとももっと内を…?と考えてからファーストエイドは慌てて気を引き締める。
 彼はデストロンだ。
 怪我をしているからと言って、それを治療することなど。
 でも果たしてそうだろうか?自分が彼を見捨ててしまえば、彼は…。
 このデストロン兵は酷く弱っているようだった。
 それにさっきの攻撃にしても、当てに来たわけではない。単に手元が覚束なかったのか、わざと外したのかはわからないが、後者だとしたらここで見捨てていいものだろうか?

 ファーストエイドがどうすべきか迷っているとじっとこちらを見ていた彼が吹き出した。
 びっくりして見ると、傷に響くのか少し顔を顰めながらもまだ笑っている。
「何一人で百面相してんだ」
 いたたた、と腹を押さえてデストロンは砕けた口調でそう言った。
 そこに先ほどまでの非情なデストロン兵士の面影はなく、心底楽しそうな表情が浮かんでいる。
「撃たねぇからこっちこいよ」
 手招きする顔を見つめてファーストエイドは一瞬躊躇った。
 早く、と促すように隣を叩いた彼に向けて一歩を踏み出し、ファーストエイドはどうにでもなれ、と半ばやけくそ気味に覚悟を決めた。
 やや間を空けて隣へ座ると、青い航空兵は笑いの名残を口の端に留めたまま話し掛けてきた。
「知ってるぜ、プロテクトボットの一人だろ?」
「そう、…ファーストエイドという」
「俺はデストロン航空兵、ダージ様だ」
 人の悪い笑みを浮かべるが、それはいかにも悪戯っぽいものだった。
 ファーストエイドがつられて笑い返すと、ダージは呆れたように肩を竦めた。
「へんなやつだな。サイバトロンってのはほんとにわからねぇ」
 視線を落として呟く。
 首を傾げたファーストエイドにダージは少し怒ったような調子で続けた。
「なんでそんな簡単に人の言う事を信じる?俺はデストロンだぞ、いつ攻撃されてもおかしくないだろう」
「…何故って言われても。君は撃たない、って言っただろう?私はそれを信じただけさ。そりゃ…ちょっとは怖かったけど」
「俺は嘘だって平気でつくぜ。怖いって感情の方を信じた方がよかったんじゃないのか」
 意地の悪そうな顔で言うのにだまって彼を見詰めると、ダージは首を振って溜息をついた。
「大体同じデストロンの中でだって俺達は騙し合いだの裏切りだのが日常茶飯事なんだ。お前らのようにほいほい人を信用するなんざとても出来ないね。まったくサイバトロンのお人好しぶりには鳥肌が立つぜ」
 返す言葉に詰まって地面に目を落とす。
 言い返したところで伝わらないかもしれない。言い返しもせずにそう思うのは愚かなことかもしれないが、今のファーストエイドに返す言葉は見つからなかった。
 隣をそっと窺うと、ダージの顔には冷たい表情が張り付いていた。
 あんな風に笑ったりもするのに、ダージはやっぱり自分とは違うデストロンの兵士なのだ。
 悲しい気持ちでファーストエイドは抱えた膝を引き寄せた。
 サイバトロンとデストロンは決して解り合えないのだろうか。
 根本から分かたれてしまっている存在なのか。
 そうではない、そうではないと信じたい。
 司令官の顔を思い浮かべたところで、ファーストエイドは青ざめた。

「なんだ、どうした」
 怪訝そうに覗き込まれて、思わず後退りする。
「え、と…」
 一刻も早く基地に戻らなくてはいけない。
 傷付いた仲間のためにも、司令官に迷惑を掛けない為にも。
 優先すべきことは間違いなくそちら。
 でも、目の前の彼を放ってはおけない。
 決断するとファーストエイドは不思議そうに見ていたダージに向き直り、押し倒した。
「わっ、な、何する気だよ?!」
 突然組み敷かれて彼は情けない声を上げるが、満足に動けない体では大した抵抗も出来ない。
「治療するだけだよ」
 ダージを覗き込むと、引き攣った顔が見返す。
「…治療?お前が?」
 何かされるのでは、と疑っているような顔だ。
 さっきは自分もこんな顔をしていたんだろうか。
 宥めるようにダージの手を取って呟く。
「何もしやしないよ、信じてくれ」
 う、と言葉を詰まらせて視線をあちこち彷徨わせた後、ダージは小さく頷いた。


「うまいもんだな」
 傷一つない腹を感心したようにさすってダージは笑った。
「助かったぜ」
 これで帰れる、と立ち上がった彼が言うのをファーストエイドは複雑な思いで聞いた。
 飛び立とうとして、ダージは思い出したように振り返った。
 すっと上がった手が軽く振られて、「またな」と声が掛けられる。
 またな、か。
 去っていくジェット機を見送り、ファーストエイドは上げた手をゆっくり下ろした。
 すっかり遅くなってしまった。
 トランスフォームして日の暮れ始めた道を飛ばす。
 言い訳を考えているうちにファーストエイドの考えは彼のことへと移っていた。
 次会う時も、その次会う時も、やっぱりダージは敵だけど。
 それでも。
 彼の見せた笑顔を思い出して、そっと笑う。
 小さな秘密がファーストエイドの心を温めていた。

 早くみんなのところへ帰ろう。
 暗闇が迫る中をファーストエイドはエンジンの音高らかに走っていった。




*2008/09/13
*2008/11/25+2009/08/01 加筆修正