midair





「もう決めたか?」
 唐突に、今までの話とは全く関係の無い問をラムジェットが発した。目はスカイワープに向けられている。何だ、とサンダークラッカーが訝しげな顔をするが、それはこちらが聞きたい。
「何の話だ」
 スカイワープが聞くと、ラムジェットの機嫌が目に見えて悪くなった。その後ろで、空気を敏感に察したサンダークラッカーが立ち上がる。じゃあなと軽く手を振って去って行く背中をスカイワープは顔をしかめて見送った。
「覚えてないのか、せっかく礼をしようというのに」
 立ち上がって近づいてきたラムジェットが爪先を蹴る。次いで足の甲を踏まれて、スカイワープは思い出した。
「ああ、あれか……本気だったのか?」
 途端にラムジェットの足に力がこもり、スカイワープは言葉選びを誤ったことを悟った。せめて足をどかせようと腹を押すと、ぐっと手を掴まれる。掌をゆっくり撫でる指先に背中がぞくりとして、スカイワープはやめさせようと顔を上げた。
「何でも、だ」
 スカイワープを見下ろしてラムジェットは愉快そうに笑っている。何か企んでいるんじゃないだろうな。礼だなんて、ラムジェットが。
 そう思っているのに、何でも? と繰り返す自分の声が変に掠れている。スカイワープは急に考えるのが面倒くさくなった。結局、ラムジェットの思うようになるだけだ。


 ラムジェットの言う"礼"が何かは、二人の間で明確な言葉にされなかった。目が合って、手が触れて、それでなんとなくわかった。少なくとも、スカイワープはそうだった。ラムジェットに流されるのは好かないが、時々抵抗する気が起きないことがある。スカイワープの意思は、彼ごとラムジェットに飲み込まれてしまう。
 はっと漏れた声は笑いを含んで、そしてそれ以上にあからさまな欲を含んでスカイワープを煽る。煽られる自分に嫌だ嫌だと苦い気持ちになりつつ、スカイワープは手を止めようとはしなかった。
 外見に多少違いはあるものの、ほとんど同じ構造を持つが故に、どこにどう触れれば良いのかはわかっている。それだけだ、と慣れたように動く指にスカイワープは意味の無い言い訳をした。ラムジェットの、どこにどう触れるか、なんてそんなことを自分が知っているとは思いたくない。ましてや、その反対、ラムジェットが何を知っているかなど考えたくもない。
 堪えようというつもりもなく、そのまま発される声に追い詰められる気がして、スカイワープはラムジェットの口を塞いだ。僅かな隙間から、名前を呼ばれる。籠もった息が熱い。
「お前を引きずって帰ってきた分と、どれくらいでイコールになる?」
 言いながら頬を撫でるとラムジェットは目を細めたが、答えなかった。計算はラムジェット次第。まだ終わらせる気がないということは、まだ釣り合いがとれていないのだ。やれやれと溜息をつく振りをして、スカイワープは再び無言でねだる口に噛みついた。


 大人しくされるがままにしているラムジェットというのも妙なものだ。言うことを聞くというのは本気だったのか。おかしな借りの返し方だが、ラムジェットがおかしいのは今に始まったことではない。
 戦場で見せるのとよく似た、だが決定的に異なる熱を帯びた目が、スカイワープをじっと見つめている。
 他人の命令など聞きたがらぬ獣が、何の気まぐれか手綱を欲しがる。いつまでも捕らえられている気などないくせに。
 スカイワープはラムジェットの首元をそっと撫でた。首輪も着けたら良いのだ。そして、しっかりと手綱を握る。暴れ出して振りほどかれるまでは。




*2014/10/01