midair





 指先が濃紺に沈んでいる。ドレッドウィングはぼんやりとその不思議な光景を眺め、ついで視界の緩やかな上下動に気づいた。身体に伝わってくる規則正しい揺れと、それに合わせた装甲の軽くぶつかり合う音。徐々にはっきりとしていく意識の中、ぼんやりと広がっていた濃紺の海が一つの形に収束する。
 ペイロード?
 頭に名前を浮かべたのを悟ったかのようなタイミングで、一瞬明るい黄色が顔を照らし、ドレッドウィングは目を細めた。
「やっと起きたのか」
 答えようと思ったが、返答はくぐもった音にしかならなかった。ペイロードは別に気にした様子もなく、歩き続けている。
 その背中で、ドレッドウィングはペイロードの言葉を頭の中で繰り返した。やっと。やっと? それはどれくらいだろう。何時から考えて? 聞いても多分ペイロードは答えてくれないだろう。
 身体に力が入らない。濃紺に沈んでいた指先は、意識がはっきりしても濃紺の上で泳いでいるだけだった。自力ではペイロードの肩に掴まることもできず、支えられてようやく滑り落ちずにすんでいる。
 自己修復機能が働き出しているおかげか痛みはないが、それ以外の感覚もひどく鈍い。ドレッドウィングは小さく溜息をついた。思ったよりも疲れのこもったそれにペイロードに気づかれなければいいと思ったが、この距離では難しいだろう。
 とにかく今は事態の把握や状況の整理ができるほどの体力も気力もない。ドレッドウィングは目を閉じて、すっかり預けきった身体が変わらぬリズムで揺られるに任せた。

 再び目を覚ました時も、相変わらず身体は同じように揺られていた。どれくらい時間が経ったのか、当然ながらドレッドウィングにはわからなかった。
「なあ」
 呼んでみたものの、答えはない。声が掠れて聞こえなかったのか。一言話すだけでもやけに疲れる。息が乱れるのを自覚しつつ、ドレッドウィングはもう一度ペイロードを呼んだ。
「ペイロード」
 今度はわずかながら反応があった。前を向いたままのペイロードの頭が微かに傾き、少し不安定になっていた身体が支え直される。軽く揺すり上げられて、ドレッドウィングは初めて片足がひどく軽いことに気づいた。
「俺が持っている」
 ドレッドウィングが思わぬ損傷に動揺して微かに震えたのに気づいたのかどうか、ペイロードが何もかもわかっているかのような調子で言う。
「翼は無事だ、あとは大したことじゃない……着くまで煩わせるな」
 そっけなく続けた声が途中で僅かに乱れ、ドレッドウィングは頭をもたげてペイロードの様子をうかがった。身体を支える腕にも、歩みにも変化はなさそうだったが、言葉の合間に混じった異音は聞き間違いではない。
 ドレッドウィングはゆっくりと指を動かしてみた。手を開き、ぎゅっと握って、また開く。少しずつ力が戻ってきている。翼に損傷はなく、飛行機構も無事。片足を欠いた衝撃で一時的な機能低下があっただけで、ペイロードの言うとおりそうひどいことにはなっていない。
「お前は?」
 再びペイロードの背に頭を預けて、ドレッドウィングは尋ねた。
 ペイロードからの返事はない。これ以上話を続けるつもりはないらしい。傷が深いせいなのか、単にドレッドウィングの相手をするつもりがないだけなのか。
 諦めて頭を落とすと、ドレッドウィングはペイロードの肩に回した手に力を入れてみた。まだ本調子とはいえないが、戯れに鋭い爪を濃紺の肩に立てる。指先に力を入れて引くと、思ったよりも深く一本の筋が刻まれ、同時にペイロードが怒ったような唸りを上げた。
 しまった。ドレッドウィングは少し身構えたが振り落とされることもなく、ペイロードは唸り一つで許してくれたらしい。
 それが妙に嬉しくて、ドレッドウィングは自分の刻んだ一筋の傷を眺めながら大人しくペイロードの背中に揺られていることにした。



 *2014/07/18(2014/05/24のTwitterログから)