midair





 一体何をやっているんだ。伸ばした手の先さえ薄ぼんやりする暗がりでストッケードは思った。
 よく見えないが、床にはオイルが広がっているらしい。指先が少し冷たい。
 ぎゅっと拳を握るとストッケードは身体を起こした。ぐ、と低い呻き声が上がる。
「……おい」
 躊躇った後、ストッケードはその呻き声の主に呼びかけた。呻いた後、身体を起こすどころか、身動きすらしないのが少し心配になったのだ。
 返答はない。背をこちらに向けているから、表情も窺えない。
 目が見たい。ストッケードの視線に気付いたのかどうか、ゆっくりと影が動く。
「ペイロード」
 光が瞬く。答えるような瞬きは、ストッケードには拒絶のようにも感じられた。
 ペイロードは何事もなかったような顔をしている。彼の目はいつもと同じ、何の感情も表に出していない。睨むわけでもなく、目を逸らすわけでもなく、ただペイロードはストッケードを見る。
 ストッケードは自分が失望していることに気付いた。
 嫌悪でも憎悪でも、ペイロードの目に何か見えるものが浮かんでいればいいのに。
 何も感じていないのか? ストッケードはペイロードの腕を掴んだ。抵抗はなく、ペイロードはむりやり引き起こされても大した反応を示さなかった。
 自分よりも大きな身体を押しやるように壁際にぶつけ、彼の目を覗き込む。指を縁にかけ、光の奥を探るように触れると、ようやく反応らしい反応があった。
 それ以上の侵入を拒んでペイロードの手がストッケードの指を掴む。しかしそれは断固たる拒絶ではなく、振り解こうと思えば振り解ける力だった。
 何故怒らない? 何故反撃しない? ストッケードはペイロードの態度に苛立った。
 彼が本気で反撃してくれば、再び押さえ込むのが一苦労であるのは身を以て知っている。だが。
 模範的な囚人のつもりか。獄に閉じ込められて大人しくしていても、胸に一物あるのはわかっているのだ。ペイロードが従順であればあるほど、ストッケードにはそれが彼の秘めた決意の固さに思えてならなかった。
 ペイロードの手を振り払うと、ストッケードは彼の身体を床に叩きつけた。のし掛かって見下ろすと、ペイロードの目にほんの一瞬何かが過ぎった。
 片足で踏みつけた腹には、先ほどの強引な行為が付けた傷が生々しく残っている。屈辱だろう。こんな風に組み敷かれて、こんな傷を付けられて。
 ストッケードは自分が付けたその傷をなぞってみた。少し爪を立ててみた瞬間、びくりとペイロードの身体が微かに揺れる。それを感じた途端にぐっと込み上げてきた高ぶりをかろうじて抑え込んで、ストッケードはペイロードの目をもう一度覗いてみた。
 彼の中に、自分と同じような高ぶりを見つけられたら。
 ストッケードはゆっくりと立ちあがった。何故だかわからないが、この男の何も窺わせぬ目を燃やしたいと思う。
 ペイロードは顔を上げない。名前を呼びたい気がしたが、ストッケードは結局何も言わなかった。言えなかった。床に零れたオイルを足で乱してペイロードに背を向ける。
 ペイロードが何か言ってくれないだろうかと思うのは空しい期待だ。そう知りつつも振り返って見た格子越しの影は、変わらず無言のままだった。




*2013/12/26 (2013/10/01のTwitterログから)