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ペイロードは手を止めて顔を通路へ向けた。聞き間違いではない。一人分の足音が近付いてくる。
「やっと来たか」
呟くと広げていた資料をざっと脇へ寄せ、客を迎える準備をする。誰が来るのかは、分かっている。ここは、巨大な倉庫の一番奥、ドローン達には決して立ち入らせないエリアだ。輸送任務に従事しない兵士達は存在すら知らず、ごく一部だけが知っている。わざわざ訪れる者はさらに限られていた。
座ったまま通路を見つめていると、果たしてその人物が現れた。
背の高い棚と棚の間、薄暗いせいでその身体はいつも以上に憂鬱な色に見える。不思議な色だ、と近付いてくる彼を見てペイロードは思った。本人の気質は憂鬱とは程遠いだろうに、ブルーグレイの身体は光の具合によって様々に印象を変える。
「ドレッドウィング」
足を止めた彼を見上げて名を呼ぶと、ペイロードと同じ黄色い一つ目が頷く。先よりは明るい照明のお陰で、憂鬱さは幾分なりを潜めている。
しばらく無言で見つめあった後、先に口を開いたのはペイロードだった。
「始めるのか」
ドレッドウィングの目が微かな音を立てて細められた。ペイロードは合わせていた視線をそらし、傍らに積み上げられたコンテナの山に目をやった。
「知っていたか」
冷静な声。らしくない、が……むしろ今には相応しいのかもしれない。
「お前こそ。俺が知っていることを知っていただろう」
同じ調子で返すとドレッドウィングはふん、と小さく笑った。余裕だな、とペイロードも声に出さず笑う。
「だがあまりに来るのが遅いから、俺にはお誘いがかからないのかと思い始めてたぞ」
「どうだか」
「信じないのか? ドローン達だけでやるつもりかと心配した」
「嫌味なやつめ」
視界を遮るように近付いてきたドレッドウィングが唸る。それでもコンテナから目を逸らさずにいると、彼は焦れたように手を振った。
「拗ねてるってのか? 気持ちの悪い真似はやめろよ」
「俺が拗ねてる? そうかもな」
ドレッドウィングをからかうのは楽しい。ペイロードはようやく視線を合わせてやり、ドレッドウィングが苛々と頭を振るのを笑った。
ペイロードはドレッドウィングが事を起こそうとしているのに早くから気付いていた。それは彼がクラスベータの一部と通じていたからでもあり、スタースクリームの帰還騒ぎを遠くから見ていたからでもあった。そして何より、ペイロードがドレッドウィングをよく知っていたからだった。
ペイロードは彼の望みを、満たされない思いを知っていた。それを長い間近くで見ていたのだ。彼の望みが純粋すぎるあまりに歪んでいくのも。
長年の野望を果たさんとするスタースクリームを引きずり降ろす。
それでいいのか、とは聞かなかった。最早そんな問は意味がないところまで来ている。スタースクリームは自らドレッドウィングを突き放し、この道を選ばせたようなものだ。
スタースクリームが命じれば、ドレッドウィングは何でもした。彼が求めた見返りはほんの僅かなもので、でも決して与えられることがなかった。スタースクリームがそれに気付いていたのかは知らない。もし、気付いていたのに無視していたのであれば、この結末は自業自得なのかもしれない。もっとも、ドレッドウィングが動いていなければ、ペイロード自身が始めただろう。
一つ息をつくと、ペイロードは笑いを引っ込めて言った。
「俺はお前についていくわけじゃない」
ドレッドウィングは振り返って、じっとペイロードを見つめた。
「そんなこと」
「念のためだ」
「お前は不器用だからな」
真面目な口調に笑いを滲ませ、ドレッドウィングは目を瞬かせた。ペイロード自身とよく似た一つ目は、同じように輝きつつも全く違う熱を奥に抱えている。
「スタースクリームに対しては同じだろ。それだけで構わないさ」
ペイロードは頷いたが、内心では首を横に振っていた。同じではない。ドレッドウィングは憧れ、焦がれた男を殺そうとしている。ペイロードはただ彼の主の妨げになろうとしている男を殺そうとしているだけだ。二つは全く別だ。
ドレッドウィングがそうやって納得しているならば、それで構わない。だが、哀れだと思わずにはいられなかった。
*2013/09/05