midair





 パトロールだって。そんなの本当に意味があるんだろうか?
 毎日毎日パトロールして、パトロールだけ、して。
 兄さんは意味があるって言うけど、とても信じられない。
 憂鬱な気分で膝を抱えて、ユキカゼは溜息をついた。
 もっと小さかった頃は楽しかった。でもそれは、ただ外を兄さんや他の皆と走るのが楽しかったからだ。
 もう今は小さいってわけでもないんだから、何か意味があるんでなきゃそんなことしたくない。
『パトロールは大切な任務だ。お前はまだ子供だからわからないだけだ』
 そう言った兄の顔を思い出して、ユキカゼはむっと頬を膨らませた。
 兄さんは何にもわかってやしない。
 パトロールが大事、パトロールは大切。そう言うばっかりじゃ、何もわからないのに。
 大体、ユキカゼはいつまでも兄に子供扱いされるのが嫌だった。
 トレインボットの中で一番年少だからって、ずっと皆に手を貸してもらわなければいけないわけじゃない。
 それを誰よりも兄さんが一番わかってない。兄さんなのに。
 足元でがさりと木の葉が音を立てる。
 ちょっと風が出て来たな、と思ってユキカゼは抱えたままだった膝を伸ばした。
 ついでに伸びをすると、受け持ちのパトロール路線が見えた。
 車両が幾つも停まって牽いてもらうのを待っている。
 いつもの光景。全く異常なし。
 いつものこと。パトロールをしてもしなくても、日本は平和だ。そうじゃないだろうか?

   知らないうちに眠ってしまったらしい。
 目を開くと辺りは真っ暗で、見下ろした線路もぼんやりとしか見えない。
 どうしよう。
 明るいうちはパトロールをしないことなんて何でもないように思えたのに、ユキカゼは初めてパトロールを途中で放り出したことに強い罪悪感を覚えた。
 きっと兄さんは怒るだろう。
 けれど怒られるよりもっと嫌なのは、兄さんに失望されることだ。
 それを考えると、もうユキカゼは動けなかった。
 真っ暗な中に一人なのは少し心細いけど、帰れない。
 明るい基地では今頃皆何してるんだろう。
 スイケンは報告書作り、セイザンとカエンはエネルゴンを飲んでるかも。
 ゲツエイもそろそろ起き出してきてるだろうし。
 兄さんは……
「ユキカゼ!」
 うっと声を上げてユキカゼは固まった。
 恐る恐る振り返ると、木々の間をショウキがこちらへ下ってくるところだった。
「……兄さん」
「こんな所に居たのか。いつまでも帰ってこないから心配したぞ」
 通信機に向かって見つかった、と言ったショウキの、心底ほっとしたような声音にユキカゼは気が付かなかった。
 きっと怒られる、がっかりされる、という思いで頭がいっぱいだったのだ。
 だからショウキが手を伸ばした時も、ユキカゼはびくりと身体を縮こまらせた。
「心配したんだぞ。お前が何か危ない目にあったんじゃないかと」
 ショウキは笑って弟の頭を撫でただけだった。そして帰るぞ、と促す。
 兄について歩きながら、ユキカゼは何も言われないことが逆に不安だった。呆れて言葉も出ないとか。
「兄さん?」
「なんだ」
 振り返ったショウキの顔をじっと眺め、ユキカゼはそのどこかに怒りとか失望が隠れていないか探った。
「どうしたんだよ」
「……怒ってないの」
 目を見開いて、すぐにショウキは笑顔になった。
「怒ってないさ」
「でもパトロール、サボった」
「別に怒ってない。いや、パトロールをサボっても良い、って話じゃないぞ? そうじゃないが、お前に何かあったわけじゃなかったからな」
 もう一度がしっと頭を撫でられてユキカゼは顔を顰めた。気付いてショウキが首を傾げる。
「子供扱いはよしてよ」
「あ、ああ、悪い」
 両手を上げて謝った兄の背中をぐいっと押し、ついでにユキカゼは自分より大きなその背中に顔を押し付けた。
「兄さん、ごめんなさい」
 背中から聞こえたもごもごした謝罪をショウキがどんな顔で聞いたか、ユキカゼには見えなかった。
 ショウキの手がぽんぽんと肩を叩き、ユキカゼはやっと笑った。
 その前に兄の手が頭に伸びかけて慌てて肩に移動したのも、彼は知らなかった。




*2010/09/24