ラチェットは彼方に土煙を上げながら走る車を視認して、大きく溜息をついた。
もう夜が迫って見通しは悪くなっていたけれど、見間違いではない。
もちろん、情報が正確なのは素晴らしいことだ。
戦いにおいて正確な情報や、先読みに優れていることが勝敗を決するといっても過言ではない。
ディセプティコンが行動を起こさないことは有り得ない。
彼らがそうしていたなら、自分達はこんなに長い間戦い続けてはいないだろう。
だからこそ、彼らの行動を正確に掴めれば十分な策を持ってそれに対することができる。
近付いてくる土埃を纏った黄色いトラックもラチェットに気付いたようだ。
重たげな見た目と裏腹に動きにはキレがあり、加速には目を見張るものがあった。
そのスピードのまま、一切の躊躇い無く真っ直ぐに突っ込んでくる。
ラチェットは拳を握り、その前に立った。
トラックはラチェットにぶつかる寸前で宙に舞い、地面に降りた時にはロボットモードをとっていた。
「ペイロード」
ラチェットは険しい顔でその名を口にした。何度も手合わせしたい相手ではない。
特に、道の上では。
「久しぶりだな、ラチェット」
細められた目に殺気が満ちている。
「随分待った。あの時の借りを返させてもらう」
「ディセプティコンはどいつもこいつも根に持つな」
吐き捨てたラチェットをペイロードは笑った。
「それはお前達も同じだろう」
「どうだか」
ペイロードはまあいいさ、と肩を竦め、ラチェットに向かって誘うようなジェスチャーをした。
「お前とお喋りがしたいわけじゃない。俺は清算がしたいだけでな、軍医殿」
「威勢が良いことだ。水遊びはお気に召さなかったかな?」
「気に入ったとも。だから今度はお前を砂場に招待してるわけさ」
にやりと笑ったペイロードの目が一層赤く燃え上がる。
その踏み込みは素早く、最初の一撃はラチェットの胸元深くに繰り出された。
反射的に退きはしたものの完全に避けることが出来なかった攻撃は、ラチェットの身体を重い衝撃と共に後方に押しやった。
一切の恐れを持たず、怯むことをしらない相手と戦うのは本当に厄介だ。ラチェットはそう思い、身体を貫いた痛みに低い呻きを漏らした。
彼を見下ろしたペイロードは、腕を軽く振って武器を展開させた。
禍々しい赤がラチェットの視界に迫ってくる。
「アイアンハイドを連れてこなかったのは失敗だったな」
辺りはすでに真っ暗と言っても良かった。
月は厚く垂れ込めた雲に隠れて、微かな光しか寄越さない。
今のペイロードの身体は、闇に融け込むことなくぼんやりとその存在を浮かび上がらせていた。
ペイロードが闇に似た濃紺の身体を持っていた時から、彼はオートボットの脅威だった。
そして、これからもそうであり続けるだろう。
ここで、止めねばならない。
確かにアイアンハイドがいれば心強かっただろう。でも彼だけに戦いの役目を負わせるわけにはいかない。
体勢を立て直したラチェットを見て、ペイロードは面白そうに瞬いた。
「大人しくしていればいいものを」
「大人しく待つのは私の流儀に反するのでね」
ラチェットは一歩踏み出した。
この暗闇の中でラチェットはたった一人ペイロードと向かいあっていたが、彼は諦めも恐れも感じてはいなかった。
彼が抵抗をやめれば、今まで彼の背負ってきたオートボット達の記憶と、これからのオートボット達の未来が消える。
もう大丈夫だ、と思える時まで、ラチェットはそう簡単に死ぬつもりはなかった。
*2010/07/09