midair





 あと少しだ。
 日が昇ったら、帰らなければいけない。残された時間は僅かだ。
 あとほんの少し手を伸ばしただけで掴める位置に置かれたファーストエイドの手を横目で眺め、ダージはそっと溜息をついた。
 腕を少し持ち上げるか、指を少し伸ばすだけでもいい。冷え切った指先でもそのくらいのことは出来る。
 しかし、ちょっとでも動いたら何もかも駄目になる、とそんな気がするのだ。あまりに全てが完璧すぎて。
 日の出を目前にした海は刻々と変化し、基地から見るのとはまるで違う。
 ファーストエイドがいるからな、と浮かんだ考えに苦笑したくなるが、彼が絡むととたんに調子が狂うのは本当だ。
 戸惑うことばかりで、ファーストエイドを困らせたり傷付けていないか心配になる。
「ダージ?」
 顔をあげると、ファーストエイドが首を傾げていた。
「困った顔してる」
 眉間をそっと突いてきた指先にうっ、と声を漏らした後慌ててその手を掴む。
 しょんぼり落ちかけた肩が跳ね上がったが、傷付けるよりは驚かせた方がまだましだ。
「ちょっと考え事してた」
 大丈夫だから、と笑ってみせると、ファーストエイドはやや俯き気味にこくんと頷いた。
 むしろ彼の方こそ元気がないように見えて、ダージは繋いだ手に軽く力を込めた。
 そうしてから初めて、いつの間にか手を繋げていたことに気付く。
 偶然とはいえ結果的にそうできたことによし、と内心ガッツポーズを決めたダージだったが、隣のファーストエイドはまだ俯いているのだ。
「どうした?」
 尋ねると溜息が返ってきて、しばらくしてからぽつりとファーストエイドが呟いた。
「もう、日の出だね」
 その声が残念そうに聞こえるのは、自惚れだろうか。
「ああ。…そろそろ」
「まだ行かないで」
 行かなくては、と続けようとした言葉を遮ってファーストエイドが強い口調で言う。
「まだ戻らないで。もう少しだけ」
 言葉と同じくらい強く巻き付いた腕は、まるで行かせまいとするようだ。
 思わず笑いをもらしてダージはファーストエイドを引き寄せた。
「そんなにしなくても、お前が嫌って言うまでいてやるよ」
 バランスを崩して倒れ込んできた彼が笑うのを、ダージはひどく温かな気持ちで見た。
 拘束されることは嫌いだが、ファーストエイドならば構わないと思う。
 彼の願う全てを出来るだけ叶えたい。限られた時間でしか会えないなら尚更だ。
 遂に顔を出した太陽の光に目を細めながら、ダージはファーストエイドを抱き締めた。




*2010/01/04