何が気に入らないのだと喧しく言う奴がいる。
昔はお前のような奴がいることが、と答えて何発か殴ってやったものだが、あまりに虚しいのでもう今はしない。
ただ黙って耳を塞ぐだけだ。心も閉じる。
怒りは封じ込めた記憶を引き摺り出して新しく火を点ける。目の前の"仲間"を消すのは容易いが、一度火の点いた過去の思いを再び封じるのは難しいことだ。
気が付けば暗闇の中で息をしていただけで、仕方がないからそこで生き続けている。
薄暗く死の匂いの立ちこめるここをいくら憎んでも出ることは叶わない。
出来れば明るく希望に満ちた側に生まれたかった。
こことは違う世界は、戦う意味も見出せずに暗闇の中で藻掻く苦しみを癒してくれると思う。
戦いの先に希望のあることを教えてくれるはずだ。
ここでは何も見えない。破壊の中には絶望だけがあり、ただ暗闇に死が満ちていく。
差し伸べられる手を俺は長いこと待ち続けている。
忌々しいことに動かずともエネルギーは消費され、締め付けるような頭の痛みでもってその不足を訴えてくる。
重い身体を引き摺って薄暗い部屋から出ても、変わらず薄暗い。
廊下に出たことで聞こえ始めた捕虜の呻き声がうるさかった。
泣くことしか能がない惨めったらしいオートボット。
俺を拒む者。
殺していた感情が爆発しかけ、拳を叩き付けた壁が大きな音を立てた。
「黙れ」
食いしばった歯の間から漏らした声に呻いていた捕虜が息を呑む気配がする。
怯えるな、俺に。何の理由があってのことだ?
そうやって伸ばした手を振りほどかれる痛みをお前は知っているのか。
牢を覗き込むと、怯えつつもどこか反抗的な光を宿して青い目が瞬いた。呻きの原因であったらしい大きな傷の痛みも忘れたかのように。
青。澄んだ美しい色。
何故俺には与えられなかったのだろう。心底俺はオートボットになりたいと望むのに、それはなぜ許されないのだろう。
感情の高ぶりと共に自然と目の輝きが増し、妙に綺麗な基地の壁に赤い光が映った。
赤。呪わしく濁って俺を縛る色。
目を逸らした先でオートボットと視線が合った。
怯えの色は消えている。
強い視線は戦闘的ともいえたが、それでもディセプティコンのものと比べれば随分と優しい。直ぐに殺気を纏う赤とは違う。
何故。
頭を巡るのはその言葉だけだった。何故俺はディセプティコンなのだ?目の前のこいつと何が違う?
淡く光る格子に手を伸ばすと、オートボットはよろよろと立ち上がってあからさまな警戒態勢を取った。
何故。俺がディセプティコンだからだ。
溢れた怒りが目の前を赤く染める。
捕虜を閉じ込めるエネルギーの格子に手を掛け、無理矢理に引き裂くと光が弾け高熱が装甲を焼いた。
普通ならば耐え難いだろうその痛みも、耳を劈くようなけたたましい警報も遠い。
胸倉を掴んで引き摺りだしたオートボットはちっぽけで弱々しく見えた。抵抗などあってないようなものだ。
「なぜだ。俺とお前と、何が違うと?」
ただ最初に目覚めた場所が違うだけで。俺だけが絶望の中で藻掻き続けなければいけないのは何故だ。
「オートボットめ…!」
瞬く青が無性に憎らしく、首にかけた手に力がこもる。オートボットの口から引き攣った息が漏れた。
「捕虜の脱走かと思って来てみたら…やめろ、マッドフラップ」
牢に人がいる時に監視を務めるのは大抵ストッケードだ。
落ち着いた声に引き戻されてオートボットを掴んでいた手を解くと、ストッケードが肩を竦めた。
「まさかまた破るとは思わなかった」
「好きに報告すればいいだろ」
ぶっきらぼうに言い捨てて歩き出す。
後ろでストッケードが先とはまるで違う口調でオートボットに向かって毒づくのが聞こえた。
言われた方が抵抗したらしい激しい息遣いの後に身体のぶつかり合う嫌な音。
振り返るとストッケードがぐったりしたオートボットを乱暴にけり込んでいる。寸前、哀れな捕虜と目があった気がした。
「大人しくしてろ。最も、そうしていたところで命の保証はないがな」
牢を閉ざしてストッケードが嘲るように言う。
先の自分とその声の調子のなんと似ていることか。
足早にそこから遠ざかっても、耳にこびり付いた声から逃れることは出来なかった。そして、心にこびり付く思いからも。
"お前は芯からのディセプティコンで、いくら望もうともオートボットにはなれない"
俺は違う!…違うはずだ、プライムはいつかわかってくれる。いつか。
急に焼けた手がひどく痛み出した。
*2009/12/15