midair





 バンブルビーは慎重に辺りを見回した。
 がらんとした廃墟は静まり返っている。
 かつては美しかっただろう街に動くものは何もない。
 ハードトップの姿もどこにもなかったが、それでもそこかしこに残された痕跡が彼の存在を主張してくる。
 他人にそれと教えることは出来ない。
 バンブルビーだけがそのメッセージを理解出来る。
 読み取ったサインを足で乱暴に崩すと、バンブルビーは銃を構え目の前の岩へ向けて一発叩き込んだ。
 開戦合図をハードトップがしないならば、自分から始めるまでだ。
 反応はすぐにあった。砕け散った岩の欠片が地面につくよりも早く、バンブルビーの足元が抉れる。
 飛び退りながら彼は完全にバトルモードへ移行した。
 視界が一段と鮮明になり、装甲に当たる細かな砂すらも感じ取れる。
 調子は悪くない。良いぞ、とマスクの奥で微笑み、バンブルビーは相手の次の動きを待った。
 ハードトップはまだ姿をみせず隠れんぼを続けるつもりのようだった。
 廃墟は良い隠れ場所になる。だがそれは果たして彼にとってだけのことだろうか。


 対立する二つの陣営においてそれぞれ認められる地位を得る前から、二人の戦いは続いている。
 彼らは互いに若く、自らの仕事に誇りを持っていた。
 相手を完璧に叩きのめすことを望むのは、ディセプティコンであるハードトップばかりではない。
 バンブルビーもまた彼を負かす日が来ることを切望している。
 良きライバルであると認め合っているからこそ、その存在を許してはおけないのだ。
 近くの建物に踏み込むと、足元に散った様々な破片が小さく音を立てた。
 ハードトップとはまだ少し距離があるだろうがこの音を聞かれるのは得策ではない。
 バンブルビーは早足で破片の散っている場所を抜け、おそらく広間だったと思われる開けた場所に出た。
 大きく破られた壁に近寄って外の様子を窺う。
 意外なほど近くにわざとらしい銃身のきらめきが見え、彼は苦笑した。
 ハードトップは遊んでいる。
 隠れんぼから直接対決に切り替えようと誘う彼に答え、バンブルビーは僅かに身を乗り出して銃の光った建物に狙いをつけた。
 脆くなった建物はいとも簡単に崩れ、もうもうと立ち上る土煙の向こうを彼は鋭い目付きで見つめた。
 煙が揺れてハードトップが現れるまでそう長くはかからなかった。
 まとわりつく煙を払うように腕が振られ、敵に対するには親しすぎる声で彼が呼びかけてくる。
「よう、バンブルビー。しばらくだな」
「ハードトップ」
 対してバンブルビーの答えはそっけないが、ディセプティコンの親しげな態度に騙されるほど浅い付き合いではないからだ。
 その声がやや雑音混じりなのはまた別の理由からだった。
「ああ、その声もなかなかいいじゃないか」
 とんとん、と喉を叩いて見せてハードトップは嬉しそうな声を出した。
 顔をしかめてバンブルビーは攻撃的なジェスチャーを返す。
「お陰様で。ラチェットに絞られた分も込みでお返しするよ」
「お前のとこのメディックがうるさいのはいつものことだろ。しかしまだその程度にしか回復してないとは、あいつも衰えたってわけか?」
 バンブルビーは仲間への言葉にむっとした顔をした。彼らの軍医を馬鹿にするのは許されないことだ。
 けれども、治療が終わっていないのは事実だった。
 ラチェットのせいではない。むしろそれもまたハードトップのせいだ。
 彼が行動を開始したことを教える印をこれ見よがしに残していかなければ、バンブルビーだって治療予定をすっぽかしたりはしない。
「君達が大人しくすればラチェットも休めるだろうね。とりあえず今一人いなくなるだけでも少しはましかな?」
 まだ完全でないボーカルプロセッサーは声を出すと痛みを伴う。
 ラチェットの完治宣言がまたしばらく遠のくかもしれないが、痛みを悟られるのは癪に障るのでバンブルビーは何でもないような顔で皮肉った。
「一人消えるのはオートボットの方だと思うがなぁ」
 ハードトップが優しい口調で言って笑う。
「お別れを言わなきゃいけないなんて悲しいぜ、バンブルビー」
「声が笑ってるよ、ハードトップ」
「お前こそ」
 二人は古くからの友達同士のように笑い、それから同時に互いの相棒へ手を伸ばした。




*2009/12/21