言いようのない甘さを含んだ静かな囁きが背後から聞こえる度、指先につい力がこもる。
聞きたくなくても、同じ部屋にいる以上スタースクリームの優秀な聴覚センサーはその言葉を拾ってしまっていた。
聴覚を切ることはスタースクリームのプライドが許さない。
彼が妥協する必要はない。何故なら彼はこの船で一番の実力者であり、一時のこととはいえクルーを率いる立場にあるからだ。
スタースクリームの苛立ちも知らず、ブラックアウトは膝の上へのせたスコルポノックへ向けて話しかけ続けている。
内容は何でもないことだ。探査のこと、船のこと、ボディの調子のこと……それがブラックアウトの口を通すと何故か、まるで恋人へ愛の言葉を囁くかのような調子になる。
スコルポノックがその全てを理解しているかどうかは、傍目にはわからない。
だが彼のゆっくりと揺れる尾がブラックアウトの柔らかな声と相俟って、一つの甘い空間を作っていることは確かだった。
部屋にいるもう一人、フレンジーは苛々の絶頂へ押し上げられつつあるスタースクリームのことを楽しげに見守っている。
フレンジーの手は恐るべきスピードでキーの上を走っているのに、悪意ある笑みを浮かべた顔はほとんど他の者達の方へ向いていてモニターやキーを見ることはない。
それでも彼が操作を誤ることはないのだから、さすがというべきなのだろうか。片手間という感じでこれなのだとしたら集中した時のフレンジーは一体どれほどのものか。
スタースクリームがそろそろ我慢の限界だと見て取ってフレンジーの目が一層楽しげに光った。
一度目、スタースクリームは堪えた。
操作盤がみしりと危険な音を立てたにしろ、彼は怒りをなんとか抑え込むことに成功した。
見境無く感情を爆発させるのが良いこととはいえない。
それは則ち部下達がしばしば反抗的であることの証でもあったし、事態を収拾するために力によらねばならぬのはスタースクリームが彼らを完全に服従させられていないということでもあった。
そして、各員が優れた戦闘能力を保持するこの船においては、一発の弾丸が大規模な修理を要する事態へ発展しかねない。
彼らの目的を考えればそんなことに時間を割くのは全く無駄なことだ。大切なエネルギーを無意味に消費すれば、目的を達するどころが生存すら危うくなる。
この船のリーダーとしてスタースクリームが努力しているというのに、ブラックアウトは全く気付かない。それどころか一層スコルポノックの上に屈み込んでいく。
スコルポノックも気配には敏感であるはずだが、主人の腕の中ではその能力も半減してしまうのだろうか。
吹き出しそうになるのを堪えるかのようにフレンジーがキーを叩く音が速度を増す。
「ブラックアウト」
食いしばった歯の間から押し出すようにスタースクリームが部下の名を呼ぶ。
フレンジーはその自制に半ば感心し、そして落胆した。
「なんだ、スタースクリーム」
ブラックアウトはスコルポノックから顔を上げもしなかったが、スタースクリームもブラックアウトの方を振り向いていたわけではない。
「そいつをしまうか、どこかへやるかして、仕事に戻れ」
ブラックアウトがあからさまに不快な表情を浮かべるのをフレンジーは見ていた。
「俺がこいつをどうしようがお前には関係ないだろう」
二度目もスタースクリームは堪えた。
ばちりと操作盤から散った火花をフレンジーは見なかったことにする。知らぬふりを通せば、修理をするのは彼ではない。
「言う通りにしろ、ブラックアウト」
その声に含まれた怒気を、ブラックアウトはいつもの嫌がらせととったようだった。それもあながち間違いではないのだが、この場合スタースクリームでなくとも嫌味の一つや二つ言いたくなるかもしれない。
フレンジーが口をつぐんでいるのはスタースクリームという格好の獲物がいるからで、もし彼がいなければブラックアウトはウイルスの花束でも受け取っていたかもしれない。
「やるべきことは全てやってある。お前に何か言われる筋合いはないと思うが?」
今度散った火花は流石に見過ごすには大きすぎた。
フレンジーは、拳を強く握って今にも起動しようとする武器システムを抑えているスタースクリームと、立ち上がったブラックアウトを見比べた。
ブラックアウトは慎重に構えている。しかしスタースクリームが動けば彼は直ちに迎え撃つだろう。
その足元に控えたスコルポノックも主人に似た落ち着きを見せていた。
さてどうするかな、とフレンジーはわざとゆっくり考える。
バリケードを呼ぶ、がこの場合の正解だろう。ブロウルやレッケージでは少々ブラックアウトに寄りすぎる。ボーンクラッシャーは論外だ。
だがこの張り詰めた空気はすぐ終わらせるには惜しいものがある。フレンジーは安全な場所に腰を落ち着けると、しばらく見つめあう二人を眺めていることにした。
*2009/11/14