「何だと?」
聞き返す小柄な仲間をジェットファイアーは黙って見返した。
強情そうな顔が今にも怒鳴り出しそうに歪み、実際彼は次の瞬間割れるような大声で怒鳴った。
「この耳が俺の思っている以上にいかれてなきゃあ、お前がディセプティコンを離れると聞こえたぞ!いかれてるのはこの耳か、それともお前の頭か?!」
盛りを過ぎたとはいえ未だ十分な力を残すランサックの小柄な身体が膨らむ。
いつも何かに怒りを燃やしているような目に一層凶悪な光が宿っていた。
「答えろ、ジェットファイアー!」
拳を振り上げて詰め寄ってきたランサックの肩を押し返してジェットファイアーは溜息をついた。
「いかれてるのはお前だ。幸いなことにな」
「なんだと、このポンコツ頭めもう一度言ってみろ!」
「私はもう嫌になった、それだけだ」
穏やかな調子を崩さず低い声がそう言うと、ランサックはぱちりと目を瞬いた。
理解出来ない、というふうに二三度その仕草が繰り返され、ついに彼は首を傾げさえした。
「嫌になった?」
沸点の低いランサックではあるが冷静さを持ち合わせていないわけではない。彼は時々ぞっとするほど冷静だった。
ともかく、ランサックが怒りを収めたのはジェットファイアーにとって少々有り難かった。
負けることはないとわかっていても、文字通り爆発するような勢いで襲いかかられるのは気持ちの良いものではない。
「そうだ。私はもう二度とディセプティコンに忠誠を誓わぬし、あやつのために働きもしない」
先ほどのかっと燃え上がるような光ではなく、冷たく静かな、凍るような光がランサックの目に灯った。
ジェットファイアーは落ち着き払ってそれを見下ろした。
「そういうことか」
ランサックの身体を取り巻く雰囲気が一変する。
これも先のあからさまな憤怒から来るものとは違い、触れたら斬り裂かれるのではないかと思うほど鋭い。
「そういうことだ。私はもう疲れた。もう十分すぎるほど働き、十分すぎるほどの痛みを味わった。それに…」
「黙れ、お前の理由など聞きたくない」
ジェットファイアーはランサックを見た。
ディセプティコンの空の英雄。
戦いに臨む時の彼の目が好きだった。
燃えるようなそれはランサックそのものだった。
覗き込めば何にせよきっと混じりけのない純粋なものが見えるに違いないと、ジェットファイアーはいつも思っていた。
ランサックはいつでも真っ直ぐで、迷うことを知らなかったから。
だが今、彼の目はジェットファイアーの憎む全てのものだった。
その赤はジェットファイアーの過ごした全ての日々の象徴で、彼に後悔と嫌悪しか抱かせない。
「お前とは長く付き合いすぎた」
ランサックの目から視線を逸らしてジェットファイアーは呟いた。
「長く付き合いすぎた、だと?」
頷き、ジェットファイアーはランサックに背を向けた。
「もう、会わないことを祈る」
ランサックは動かなかった。
ただ馬鹿にしたように鼻を鳴らし、吐き捨てた。
「せいぜい祈れ、俺がお前に追いつかぬように。その時を怯えながら待て、裏切り者め」
振り向かずとも長い付き合いのせいでジェットファイアーにはランサックの表情がありありと想像出来た。
自分には決して向けられなかったが、幾度も目にしたことがある。
「さようなら」
目を閉じて呟くと、ランサックの赤い両目が瞼の裏に見えた。
瞬くとそれはもう見えなくなり、ジェットファイアーは振り向くことなく飛び立った。
*2009/10/20