midair





 彼らは二人だけになっていた。
 風の囁きにも似た仲間達の呟く声が聞こえていたのはもう随分前のことだ。
 それぞれが違った任務を与えられ、ここを出て行った。
 どうなったかは知らない。知る術もないことはなかったが、サイドウェイズはあえてそれをやってみる気にはならなかった。
 あいつらはきっと上手くやっている。それだけでいい。
 忘れ去られたかのようにしばらく手のつけられていないごちゃごちゃした工事現場が、彼らの最近の住処であった。
 日が落ちると、ぽつんと取り残されたようにショベルカーが踞り、少し離れたところにやけに綺麗な銀色のスポーツカーが止まっているのを見ることが出来る。
 その組み合わせが少々おかしなものであることは、スポーツカーであるところのサイドウェイズも十分承知していた。
 まだオートボット共に存在を気取られるわけにはいかず、同様に人間にも怪しまれないよう注意を払うのはなかなかに大変だった。
 人目に触れるようなところへ行く時は彼も街を走る車の多くと同じように埃を纏い、ホログラムの人間を乗せる。
 二人だけの時、安全だと思われる時にそう取り繕う必要はない。警戒をまるで解くわけにはいかなかったがデモリッシャーと居る時が唯一サイドウェイズの休息の時だった。


 共に小さな世界を構成していた仲間達が離れていったのを機に、彼らを囲む環境は僅かずつ、確実に変化していた。サイドウェイズはその匂いを敏感に感じていた。それは彼にとって馴染みのあるもので、興奮と嫌悪を掻き立てるものだった。
 サウンドウェーブや他の者達からの通信も一時とは比べものにならぬほど増え、目立つからと行動するのを極力避けていたデモリッシャーも外へと赴くことがあった。
 今日も、そうだった。でもデモリッシャーがサイドウェイズより早く戻っていないのは初めてのことだった。
 長いこと人の出入りの無い金網の出入り口は脆くなっていて、サイドウェイズの軽い一押しでも簡単に開く。
 ここしばらくの住処へ滑り込むとサイドウェイズは定位置におさまった。
 デモリッシャーがいないというだけなのになんとなく落ち着かない。
 サイドウェイズの恐れたのはオートボットの襲撃ではなかった。デモリッシャーがもう戻っては来ないのでは、とそう思うともういてもたってもいられなかったのだ。
 いざという時、サイドウェイズは一人でも戦える。だがデモリッシャーの影の中にいる心地良さを知ってしまった今、一人で生きていくのはとても難しいことに思われた。
 サイドウェイズは多くの仲間を盾にして戦場をくぐってきたが、デモリッシャーはその内の誰とも違った。
 ごく短い付き合いである彼のことをサイドウェイズはそれほど知らない。今まで聞こうと思ったこともない。
 いつか必ず来る別れの時まで、記憶に残すのは自分の知るデモリッシャーだけで良いと思っていた。過去のことは過去のことだ。この奇妙な惑星で仲間と過ごした日々が、二人で過ごす日々が今までにない楽しいものだったから、今知っていること以上彼について知る必要はない……
 そう割り切っていたつもりなのに、こうしていざデモリッシャーが居なくなってしまうとどうしようもなく落ち着かず、サイドウェイズはこれほどまで彼に依存していた自分が心底嫌になった。
 馬鹿な意地など張らずに彼のことをもっと聞いておけば良かったのだ。
 昔の話を聞いて、もっとデモリッシャーに親しみを覚えるのが嫌だっただけ。離れがたくなるし、別れが辛くなる、そう思ったから。
 しかし、デモリッシャーのことを少ししか知らずに別れるのはサイドウェイズに予想外の寂しさをもたらした。彼と過ごした時間は思い出に耽るにはあまりにも短すぎ、サイドウェイズは過去に生きるには若すぎた。
 探しに行こう。
 ふいに思い付いて、サイドウェイズは飛び上がった。
 そうだ、探しに行けばいい。何かしら役に立てることがあるかもしれない。一緒に居たいと頼めばいい。
 走り出そうとしてサイドウェイズはもう一つの可能性に思い至り、エンジンを止めた。
 拒まれたら?デモリッシャーが自分と共にいるのが嫌になったのだとしたら?
 弾んでいた気持ちが一気にしぼみ、サイドウェイズはすごすご元の場所に戻った。
 暗闇を見つめているとやけに心細かった。
 一人で生きるというのはこんなに大変なことだったろうか。


 真夜中近く、微睡んでいたサイドウェイズは近付いてくる物音にはっと目を覚ました。
 息を殺して様子を窺っているとそれはどんどん近付いてきて、ついには入口の金網が軋む音が聞こえた。
「サイドウェイズ」
 聞き慣れた声に緊張を破られてサイドウェイズは大きく息をついた。
「デモリッシャー!」
「遅くなった」
 デモリッシャーがいつもの場所にいる。それだけでサイドウェイズはひどく安心した。
「もう戻ってこないかと思った」
 知らない内に声には拗ねたような響きが篭もった。
「そうか」
 デモリッシャーの答えはそっけない。
 余計に拗ねた気分になったサイドウェイズがそうだよ、とかなんとか口の中で呟いて黙り込むと、唐突にデモリッシャーが動き出す。
 怒らせてしまったと思い、サイドウェイズは隣へ並んだ巨体をおずおず見上げた。
「デ、デモリッシャー?」
「俺が黙って行くと思ったのか」
 その声は少し不機嫌そうだった。サイドウェイズは困ったように身体を震わせた。
「そういうこともあるかもしれないと思っただけだ」
「ごちゃごちゃ言うな」
 ぶるりと車体を揺らし、サイドウェイズはトランスフォームした。
「…悪かった。確かに戻ってこないと思った」
 項垂れて言うとシャベルが腹を軽く突く。
「心外だ」
「悪い。…俺といるのが嫌になったのかと」
 シャベルが呆れたように揺すられたかと思うと次の瞬間デモリッシャーがトランスフォームしていた。
「馬鹿なことを」
「…かもな」
 何だか気恥ずかしくてデモリッシャーの顔は見られなかった。
 代わりにどっしりしたタイヤを小突く。
「もうしばらく一緒に居たい」
「急になんだ」
「別に。ただそう思っただけだ。…いいだろ?」
 デモリッシャーは鼻を鳴らし、ビークルモードに戻った。
「好きなようにしろ」
 ああ、と頷いたサイドウェイズも再びトランスフォームする。
 いつものように少し離れた場所ではなく、デモリッシャーはすぐ隣にいた。


「サイドウェイズ、感じるか?」
 沈黙を破ったデモリッシャーが低い声で呟く。
「もうすぐ戦いが始まる…感じているだろう、お前なら」
 彼の声は冷静を保っている。だがその身体を包む空気の中にサイドウェイズはまぎれもない戦場の匂いを嗅いだ。
「嬉しいのか」
 デモリッシャーは答えない。
「俺は怖い。確かに血も騒いでいる、だが俺は怖いんだ。戦いなど起こらず、このままずっとこうであればいいと願う」
「永遠に続くものはただ一つだけだ」
「そう信じるさ。だから俺だって戦う。それでも死にたくもないところで死ぬより、錆びついて動けなくなるまで生きていたいと願うのは、俺が意気地無しだからなのか?」
「……」
「お前のように俺は戦えない、ただ生き延びて情報を運ぶことだけが俺に出来ることだ。それが俺の生き方でそれが俺の忠誠、でも結局俺は臆病な負け犬なのか?」
「サイドウェイズ」
「デモリッシャー、俺は怖い、お前が死ぬのを見ることが!そう思うのに戦いを恐れる自分が憎い!」
 最初押し殺した調子だったサイドウェイズの声は今や上擦った叫びになっていた。
「死ぬのは嫌だ、死なれるのも嫌だ、デモリッシャー、俺は、俺は……デモリッシャー」
「サイドウェイズ」
 デモリッシャーの声は強く、サイドウェイズは意味をなさぬ言葉を並べ立てるのをやめた。
「さっきも言っただろう。信用されないのは心外だ、と」
「デモリッシャー…」
「勘違いするな、自分のすべきことを」
 またシャベルが近付いて車の脇腹をこつりと撫でる。
 サイドウェイズは溜息混じりに身体を震わせ、了解の意を示した。
「わかってる、デモリッシャー」
「少し休むか?俺が起きている」
 シャベルを引いた掘削機に銀色のスポーツカーが寄り添う。
 ぽつりぽつり交わされる言葉は明かりの消えた都市の暗闇に溶けていった。




*2009/10/16