midair





 スカイワープは入ってきた招かれざる客達にこれ見よがしな溜息をついた。
「またぞろぞろと…私の研究所は君達の溜まり場じゃないというのを何時になったらわかってくれるのだ?」
「残念、ダージが今日はいねえよ」
 先頭に立っていたラムジェットがにやりと笑う。
 一人欠けていようといまいと、大した違いではない。
 どうせなら喧しいラムジェットがいない方がずっとましだ。少なくともダージは無駄口だけは叩かない。
 うんざりと彼は集まった者達の顔を眺めた。
「こんなところで遊んでいていいのか、スタースクリーム」
「別に構わんだろう、視察も兼ねてだ」
「メガトロンには先に連絡をつけたはずだが?」
「それが俺に何の関係がある」
 来てはいけないとでも、と彼の目が据わり、スカイワープは面倒くさげに首を振った。
「私の武器目当てだとしたら無駄足だったというだけだな」
「おいそろそろやめたらどうだ、それ」
 またラムジェットだ。
 会話に口を挟まれたことにスカイワープはひどく気分を害したが、スタースクリームは少し笑っただけだった。
 彼の研究所へ来る時大抵スタースクリームの機嫌は良い。
 気の置けぬ仲間との大した意味の無い話のやりとりを気に入っている、とそれも多少はあるだろう。
 何かと目障り(これがとても丁寧な言い方に感じる程彼は口汚く罵る)な上官も、その忠実なる部下も、忌々しい補佐官もおらず、この場での一番の権力者は彼だ、ということが彼の上機嫌の理由の大部分を占めているはずだ。
 そうはいっても彼らが別にスタースクリームを敬う態度を取ることはなかったし、後者の理由はスカイワープにはどうでもいいことだった。
 だが確かに彼らの関係には他のディセプティコン達の間におけるものとの明らかな違いがあった。
 同族意識、とでもいうのだろうか。基を同じくするということを考えればそれが一番しっくりくる言葉かもしれない。彼らディセプティコンの間に"絶対的"信頼など存在しないが、この6人の中に成立している絆は少しばかり近いものがあった。
「それ?」
「そら、お前の言葉遣いだよ」
 スラストがラムジェットの言葉を補う。
「いちいちうるさいな。俺がどう喋ろうが関係ないだろう」
 不快そうに顔をしかめてスカイワープはスラストを睨んだ。
 俺だけ?と肩を竦めた彼をサンダークラッカーが苦笑まじりに小突いた。
「その方がずっとましじゃないか。お前も気取った喋り方が似合わないよな。胡散臭さが増すぞ」
「余計なお世話だ。で、結局何の用だ。お前達がそろって出る余裕のあるほどディセプティコンは優勢か」
 尋ねると彼らは皆にやにやと同じような笑いを浮かべた。
 人を小馬鹿にした笑みの一番上手いのはやはりスタースクリームだ。それは昔から変わらない。もう慣れきってしまってスカイワープは腹も立たなかった。
「お前が戦況を気にするとはな」
「聞くくらいだったら来いよ。せっかくの武器が泣くぜ?」
 スタースクリームが鼻を鳴らした後、スラストがそう提案する。
「スカイワープが出るんだったら俺達の出番なんかねえよ」
「むしろ出ない方がいいだろ。巻き込まれて死ぬなんざごめんだ」
 スカイワープが何かを言う前にラムジェットが吹き出し、サンダークラッカーがそれに続く。
 彼の言葉にもっともだ、と爆笑が起こり、スカイワープはその喧しさに耳を塞ぎたくなった。
 帰れと言っても聞くような連中でないことは百も承知だが、それでも帰れと一度は怒鳴りたくなる。
 全く聞く耳を持たず好きずきに腰を落ち着け始めた彼らにスカイワープは一瞬殺意を覚えた。
「ダージには可哀相だが、俺達が集まれるのもなかなか無くなってきたし今日はとっておきといくか?」
 ラムジェットが取り出したエネルゴンにわっと歓声が上がった。
 ぎりぎりの状況では滅多にお目にかかれぬ上物だ。
 どういう成り行きになるか予想はしていたものの、スカイワープはラムジェットを殺しそうな目で睨んだ。
 当然ラムジェットが自分でそんなものを持ってくるわけもない。スカイワープの秘蔵品だ。
 スカイワープの視線を捉えてラムジェットはにやっと確信犯的な笑みを浮かべた。
 皆にエネルゴンが均等に分けられたところで、音頭を取っていたラムジェットがその役割をスタースクリームに譲った。
「ダージのこと忘れるなよ」
 スタースクリームが口を開く前にすかさずスラストが言う。
「ふん、ではまず前線で忙しくしているダージに。そしてディセプティコンのために」
 乾杯、と理由など本当はどうでも良い一同はエネルゴンを呷った。
「しかしあいつだけ戦ってるってのがなぁ」
「羨ましいか?ドレッドウィングと組んでるんだぜ?」
 顔を顰めたスラストにサンダークラッカーが返す。
 サンダークラッカーはドレッドウィングを嫌っているわけではなかったが、大量のドローン達はそんなに好きではなかったのだ。
「オートボットのついでに何人か殺っても気付かれなくていいじゃねえか」
 ラムジェットがサディスティックに笑う。
 ひでえ!と声が上がるが完全に笑い混じりのものだ。
「そういえばスタースクリーム、あいつに新しい武器やってたな」
 思い出したようにサンダークラッカーが尋ね、スカイワープは少し興味を持ったように顔をあげた。
「厳密には新しくない。少し前にドローンに使わせた威力はあるが自分まで巻き込むって代物があっただろう、あれの改良版だ」
 そうだろう?というスタースクリームの視線にスカイワープは頷いた。
「例のあれか!?改良したってダージに持たせて大丈夫なのかよ」
 軽く咳き込んだスラストが焦った顔で聞く。
「大丈夫だろう。また暴走したらダージには運が無かったってことだな」
「お前そんな適当な…」
 絶句したスラストの肩をラムジェットが叩いた。
「残念だったな」
 追い打ちをかけられて凍りつく彼をサンダークラッカーが救った。
「あのな、スタースクリームが今の状況でいたずらに戦力削るわけ無いだろ。ドローンでテスト済みだ。完全に動作するのを確認してからダージに持たせてる……よな?」
 少し安心し始めていたスラストがその言葉の最後の疑問符にまた顔を引き攣らせる。
 他の皆は一斉に吹き出して、からかいやすい仲間に全てが冗談であることをやっとわからせてやった。
 スカイワープにほとんどの場合二度目の失敗は無かったし、サンダークラッカーの推測も外れてはいない。
「効果のほどはすぐわかるだろう。帰ったら報告させる」
 スタースクリームの言葉にスカイワープは満足そうに頷いた。
 彼がディセプティコンに忠誠を誓うのは庇護者であり、雇い主であり、利用者である者を同様に自分も利用するため。さらにメガトロンの条件はスカイワープにとって完璧なものであり、彼の要求すらこれ以上ないものであった。
 その要求─つまり彼の研究成果である兵器や道具をディセプティコンへ与えること─を満たすことで、スカイワープは実地での使用データを取ることができる。それが大帝への見返りなのだとすれば、彼は非常に良い環境で働いていた。
 そのデータを送ってくることをメガトロンも、スタースクリームも怠らなかった。
誠実であることは指導者として良いことだ。適度な誠実は忠誠を呼ぶ。
 スタースクリームがディセプティコンの首領の座を狙うならば、それは必要なことだ。
「俺がディセプティコンの首領になっても、お前には研究を続けさせてやろう。俺のために武器を造れ」
 スタースクリームは機嫌良く酔うとスカイワープにそう言うのが常だった。
 本人は彼には珍しく本気で言っているようで、それを聞く5人も彼が本気であるのを気付いていた。しかし今は彼ら皆がその大きさに違いは有れどメガトロンに忠誠を誓っている身であり、内輪とはいえ無用の波風を立てぬためにそれはいつも冗談として流された。
「また始まったか」
 スラストが呆れたように呟いたが、ラムジェットはそれに珍しく乗った。
「もしお前が本当に偉くなったら俺達も相応の地位をもらえるんだろうな?」
「どうだろうな」
「親衛隊にでもしてやればどうだ」
 サンダークラッカーが茶化す。それでいつもの通り冗談として終わるかと思ったが、彼は再び口を開いた。
「最もメガトロン様にもしものことがあれば、次の指導者は確かにお前だろうな」
「もしもって何だよ。あのお方じゃ万に一つもなさそうだぜ」


 スラストが鼻で笑ってその話題は終わったが、サンダークラッカーの言葉は今まで誰も口にしなかったことだ。例えそう思っていたとしても。
 スカイワープはそれに一抹の予感めいたものを感じた。
 だがそれだけのことだ。
 彼は研究者であって戦略家ではなかったから、この後戦況がどう動くかなど予想できるはずもなかった。
 仮に一流の戦略家だったとしても、しばらく経ってから起こったことを事前に知ることは不可能だっただろう。
 全てが終わり、また動き出した時、スカイワープはかつてのことを思い出して苦笑した。
 誰に仕えようと彼は自分の研究さえ出来れば構わなかったのだが、こうも短い間に主を替え続けるとは思わなかった。
 僅かな間とはいえスタースクリームもその一人だった。
 目まぐるしく状況は移る。
 スカイワープはその度身の振り方を上手に決めていた。彼にとって重要なのはただ知の探求のみであったから。
 それでも時にスカイワープは昔を懐かしんだ。
 縁のない感情だと思っていたが、そうでもなかったらしい。
 疎ましく感じていたのは嘘ではない。でも無くなってしまったと思えばあの時間も懐かしいものだ。
 中の一人が欠けたことでもはやあれは永遠に戻らない。
 あの喧しい声も永遠に聞くことが無い。そう思うと少しばかり残念だった。




*2009/09/09