midair





 長い年月の間にすっかり彼の一部となった表情は、時折その絶対性を失った。
 明るい笑いと任務へのひたむきな姿勢。
 結局それらが仮面でしかないことに気付く時ライトスピードはどうしようもない気分になった。
 彼の願望を完全に封ずるなどできるはずもなく、いつまでもじくじくとした胸の痛みを何処かに抱え続けて生きるのは辛いものだ。
 不意に、本当にひょっとしたことで湧き上がってくるそれらは、突然にライトスピードを襲い乱暴に揺さ振って築き上げた全てをぶち壊そうとする。
 その衝動に身を任せるのはとても簡単なことだ。だが、彼はそうすることをもう何年も何年も拒んできた。
 戦いの終わるまで。そう決めたのはいつのことだったか。
 この終わりの見えぬ悪夢に住むのにも、甘美な衝動に身をゆだねたくなることに耐えるのにも、慣れた。
 ライトスピードは物憂げに溜息を吐いた。
 周りに仲間達の居ない時、彼の仮面は急に剥がれやすくなる。
 孤独は甘い誘惑と共に訪れる。
 仲間のなんということのない軽口を聞いていれば、完全にとは言わずとも少なくともその時だけは心を締め付けられずにすんだ。
 深い溜息と共にゆっくり一つのキーを叩くと、それでもう割り当てられたデータの整理は終わりだった。
 立ち上がって深呼吸をし、ライトスピードは報告に行くことにした。
 廊下へ出た途端に自然に顔へ笑いが戻ってくる。
 長い間に身に付いた自分を守るための一つの手段だ。
 "オートボットである"自分を。
 そしてこれは自分を縛める鎖の一つでもあった。


「お疲れ様」
 労いの言葉と微笑を浮かべたスカイファイアーは自分の方こそそれらを必要としているようだった。
 またずっと仕事をしていたのだろうか。
 彼に見える深い疲労の影にライトスピードは少し心配になった。
「あなたこそ」
 彼は気持ちを込めて自分なりに労いの言葉を呟いてみる。
 スカイファイアーを心配する気持ちは本当だったが、ライトスピードは本当の気持ちを表に出すよりむしろ中へ閉じ込めることが多かったから、こういう時は躊躇いが先に立った。
「ああ、ありがとう」
 スカイファイアーの礼は彼のぼそぼそとした不明瞭な言葉へのものだったのか、ディスクを机の上においたことへだったのか。
 どちらでも構わない、と思わせるほどスカイファイアーの声は穏やかで優しかった。
 温かな懐かしさにライトスピードは荒れていた気持ちが少し宥められるのを感じた。
 立ち尽くす彼を振り返ってスカイファイアーはにっこりと笑った。
「少し休んでいくかい?ちょうど休憩でもしようかと思っていたところなんだ」
 気が付くとライトスピードは座り心地の良い椅子に座ってグラスを握っていた。
 向かいに座ったスカイファイアーはライトスピードの表情に気付いて、安心させるように頷いた。
「大丈夫、口に合うと思うよ」
 その言葉通り程よく調合されたグラスの中身は彼に爽やかな後味を残しただけだった。
「それで…なにか聞きたいことでも?」
 微笑みに促されてライトスピードはぎゅっとグラスを握りしめた。
 特別用事があったわけではないが、仕事に追われる彼と少しでも時間を共有するには何か話題を見つける必要があった。
「良ければ昔の話を聞かせてもらいたくて…その…惑星の、宇宙の話を」
 ああ、と彼の口から呟きがもれる。
「もちろん良いとも」
 懐かしむようにその碧い目が細められ、ライトスピードは自分の知識を総動員してスカイファイアーの脳裏に描き出されたものを少しでも想像しようとした。
 スカイファイアーがライトスピードの最も求めることをしていたのも、戦いの始まる前だと聞いている。
 彼自身が多くを語ることはなかったが、断片的な話を合わせていけばなんとなく形は見えてくるものだ。
 スカイファイアーは口を開き、ライトスピードはスカイファイアーの語る話の中の彼に自分を重ねることでまだ当分叶うことのない夢に憧れる心を慰めた。
 しばらく想像の宇宙を揺蕩っていたライトスピードはふいに語り手の声に混じる切ない響きに気付いた。
「スカイファイアー?」
 スカイファイアーの目には哀しみと怒りの混じった複雑な色が浮かんでいて、ライトスピードはそれ以上かける言葉を知らなかった。
「続きはまた今度にしてくれるかい」
 少し疲れてしまった。
 そう言ったスカイファイアーの声は微かに震えているようだった。
「ええ、もちろん。疲れているのにすみませんでした」
「悪いね、ライトスピード」
「いいえ。では戻ります」
 その声すら届かぬようにスカイファイアーは曖昧に頷いた。
 過去へ沈んだ彼の目は空を見つめている。決して彼の側へ戻ることのない人を。
 口の中にその名前を転がしてライトスピードは"彼"に苛立ちを覚えた。
 あるいは苛立ちよりずっと強い感情、嫉妬、憎悪の類かもしれない。
 何かに突き動かされるようにライトスピードはスカイファイアーの飲んでいたエネルゴンを手に取った。
 一口飲み下して感じたのは"彼"への僅かな優越か。
 スカイファイアーはやや乱暴にグラスを置いたライトスピードに僅かに訝しげな視線を送り、大丈夫か?と困惑したように尋ねた。
 黙って頷き、ライトスピードは部屋を出た。
 些細な慰めすらデストロンに奪われて、残ったのは口の中のエネルゴンの苦みとどろりとした暗い思いだけだった。




*2009/08/16