midair





 臨時基地の狭苦しさに耐えかねて、アストロトレインはのっそり起き上がった。
 あくまでも臨時、だからベッドだのソファだのそういう類のものはなく、休息をとろうにも壁に寄りかかるかそのまま床に寝っ転がるしかない。
 さっさと仕事を片付けて帰りたいものだ、と基地の快適なベッドを思って彼は内心嘆いた。
 それか、ビルドロンの連中に一働き頼みたいところである。彼らに頼めば瞬く間に快適で立派な"臨時基地"のできあがり、だろうに。
 だが今頃彼らはメガトロンの元で別の仕事にかかっているのだろう。
 アストロトレイン達とて与えられた仕事をこなさないうちに帰れば、メガトロンの怒りは免れない。
 もうしばらくの辛抱、と思っても出るのは溜息ばかりだ。
 立ち上がった足元では作戦の最中だというのにエネルゴンを浴びるほど飲んでいたブリッツウィングが気持ちよさそうにいびきをかいている。
 身動きすればぶつかりそうなその距離の近さも、熟睡しているブリッツウィングには関係のないこと。
 深い眠りに入れなかった自分をアストロトレインは少し残念に思った。
 先に眠った者勝ちだ。
 ブリッツウィングを蹴り飛ばして行くのもなかなかに魅力的ではあったが、寝起きの彼と一発やりあうのもうっとうしい。
 結局起こさないように跨ぎながらアストロトレインは後のお楽しみ、とばかりに眠るブリッツウィングを一瞥して口元を歪めた。
 そして離れた所に目を遣れば、赤と白のジェットロン二人が縺れるようにして眠っている。
 仲の良い、と苦笑したアストロトレインは彼らの近くにもう一人のジェットロンが居ない事に気が付いた。


 外に出るとただでさえ細い月は雲に隠れ、鬱蒼とした森の近くということもあって視界は悪かった。
 アストロトレインは辺りを見回してふん、と息をついた。
 ダージの姿は見当たらなかった。
 どこかへ飛んでいったのかもしれないが朝までにはきちんと帰ってくるだろう。
 アストロトレインはそれきりダージのことに気を回すのはやめた。
 彼はアストロトレイン自身のパートナーとは違って、やるべき事とやるべきでない事の区別はつく男だ。
 余計な気を遣うより、自分がどうやって快適な夜を過ごすか、を考える方が大事である。
 偵察がてら散歩でもしてくるか…と思ってぐっと伸びをしたとたん、アストロトレインは背後に違和感を感じた。
 サイバトロン?
 見つかるには早すぎる。
 予定が狂ったな、と内心舌打ちをしてそっと掴んだ銃と共に振り返ったアストロトレインはそこにいた人物に呆れたように叫んだ。
「ダージ!居たなら言えよ!」  木に寄りかかってこちらを見ていたダージは赤い目を瞬かせて物憂げに肩を竦めた。
 アストロトレインは彼に気付かなかった自分の迂闊さと、いつもより一層陰気に見えるダージとに軽く舌打ちをした。
「なにしてんだ、そんなとこで」
 驚かされた苛立ちに自然と語気が荒くなる。
 ようやく雲から出て来た月が辺りをぼんやりと照らして、ダージが顔を顰めているのが見えた。
「何も」
 冷たい声に我に返ったアストロトレインは緩く手を振り返した。
「いや、いいんだ、悪かった」
 別に彼の気を悪くしたかったわけではないし、そうすることがひどくやっかいな結果になることも経験からアストロトレインは知っていた。
 ダージの隣へどさりと腰を下ろすと、アストロトレインは一つ溜息をついて笑った。
「お前はてっきりどっかへ行ったもんだと思ってたから。まさか後ろにいると思わなくてびっくりしたんだよ」
「ああ」
 とさっとダージも静かに腰を下ろした。
 こちらを向いた顔が僅かに笑っているのを確認してアストロトレインはそっと胸を撫で下ろした。
「あいつらは?」
 ダージが臨時基地の方をちらりと見て尋ねてくる。
「寝てるよ。よーく寝てる。明日働くのが楽しみでしょうがないんだろうよ」
「かもな」
 笑いながら言うとダージもうっすら笑った。
 微かな唇の動きだけで彼の感情が読めるのも、長い付き合いの成せる技だ。
 アストロトレインはすぐに消えたダージの笑みに躊躇いがちに問い掛けた。
「眠れないのか」
 ゆっくり頷いたダージの横顔を眺め、アストロトレインは俺も、と呟いた。
「なんでだろうな」
 彼の発した問いかけのような、独り言のような囁きは宙に溶け、ダージはあいかわらず物憂げな顔で空を見上げていた。
 がしん、と両の拳を打ち付けアストロトレインが唸った。
「狭いんだよな、きっと…」
 途中で言葉を切った彼にダージは促すような視線を向ける。
 苦笑いしてアストロトレインは続きを口にした。
「思い出しちまうから」
 自然に漏れた、というような唸りを上げてダージが目を細めた。
 あの暗くて薄汚い、なにより恐ろしく狭い空間は思い出すのも嫌なものだ。
 ダージのあからさまな嫌悪はそのままアストロトレインの思いでもあった。
 空を自由に飛ぶ彼らにとって身体的な動きを縛られる苦痛も耐え難かったが、自由に生きる彼らの精神を縛られることこそが最も耐え難いことだった。
 デストロンにいようとも彼らは個々の人格を持ち、大義を持とうとも同時に個人の主義を持つ。
 そうできることは、あの場所にいるのと比べようもないほどに幸福なことだった。
 破壊大帝の存在は時たま目障りだったが、彼の力を上回る力を今アストロトレインは持っていなかった。
 そしてメガトロンという揺るぎない存在の元に集まっている者達もそれぞれに面白く、アストロトレインを飽きさせなかった。
 デストロンは居心地が良い。
 それを口にしたことはないが、そう言ったところで彼の仲間達はきっと彼のことを笑っただろう。
「あれからもうどのくらいだ?」
 寝っ転がってアストロトレインは聞いてみた。
「わざわざ聞くな」
 ダージの答えは素っ気なかった。
「なんだ、ばれてんのか」
「忘れるはずないだろ」
 ダージが低く歌うように呟く。主語のないことにアストロトレインはあえて突っ込まなかった。
 しばらくの沈黙の後、アストロトレインはふいににやっと笑った。
「お前のあの顔、一生忘れられねえな。今にも死にそうだったじゃねえか」
 何のことだ、と首を傾げたダージに構わずアストロトレインは一人でにやにやと笑い続けた。
「いつも死にそうだったけどあの時はこいつほんとに死ぬんじゃねえかと思ったな。なんだったんだ、あれ?ホームシックか?あんな顔で出たい出たいいわれちゃ脱走だって考えるよな」
 じゃきりと不穏な音がして眉間に銃を突き付けられたアストロトレインはおわっと飛び起きた。
 引き金を引こうとして、ダージは顔を顰めると銃を引っ込めた。
「なんだよやんねえのか?」
 呆れたように言うアストロトレインの手にはしっかり愛用の銃が握られている。
「やらん」
 銃を下ろした、いつもよりずっと口数の少ない友人を眺めてアストロトレインは笑った。
 喧嘩にもならぬ些細なぶつかりあいをこんなに幸せに思うのも、今だからこそ。
 同じ境遇をくぐってきたもう一人も同じく彼なりの安らぎを手に入れている。
「泣きたい気分なら俺の胸でも貸してやろうか」
 わざと真面目な顔で言うとダージが顔を顰めてもの凄く嫌な顔をしたので、アストロトレインは吹き出してダージの肩を叩いた。




*2009/08/01