midair





「さーてと」
 ぽんっと手を打ち合わせて、ジョルトの上のディセプティコンは茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
 口はとても楽しそうに弧を描いていたが、バイザーの下の目は果たして笑っているのかどうか。
 ジョルトはそれを思って苦笑した。
 危険な状況であることは間違いないのに彼自身はあまりそう認識していないようだった。
 戦場における感情の動きは平時とは異なるものだが、彼はどんな時も自分を見失わない男だった。
 自分ではなく相手を混乱させることこそが、ジョルトの得意とするところである。
「ご機嫌だな、なんか楽しいことでもあったか」
 ディセプティコンが笑顔を崩さぬままジョルトを睨む。
「確かにこれからのことを考えると楽しいぜ。お前がどんな顔で泣きわめくのか、とかな」
「かっこよすぎて惚れるなよ」
 ウィンクつきで返してやると、ディセプティコンは顔を顰めた。
 彼の反応ににやにや笑いながらもジョルトは頭の中では目まぐるしく策を練っていた。
 機能低下を告げるアラートはそのちょうど良いBGMだ。
 片方の腕はもう言うことを聞きそうになかったし、もう片方は忌々しい男の足の下。
 さてどうするかな…と半ば笑う余裕まで残したままの彼に通信が入った。
[ジョルト!どこにいる?!]
 ラチェットからの連絡に素早く反応したのは何故かディセプティコンの方だった。
「…お前が、ジョルトか」
 ぐっと顔が近付き、ジョルトは顔を歪めた。
 通信機を破壊された痛みも少しはあったが大部分は嫌悪によるものだ。
 無造作な至近距離からの射撃はかなりの苦痛を彼にもたらしたが、その平静を壊すほどのものではない。
「俺がジョルトだよ、下手くそ。これじゃ治すのが大変だ」
「随分と余裕じゃねえか、ジョルト」
「お前は随分と馴れ馴れしいんじゃないか?」
 ディセプティコンは肩を竦めてにやりと笑った。
「前からどんな奴かと思ってたんでな。どいつだかわかっちゃいなかったが、お前のことは前から知ってるぜ」
「気持ち悪いこと言う奴だな…悪いがお前、俺のタイプじゃないぞ」
 ジョルトが言うと彼はびっくりしたような顔をし、それから引き攣った顔でジョルトを眺めた。
 冗談のつもりで言ったのだが、ディセプティコンには通じなかったらしい。
 だが、心底ぞっとしたようなその顔を見るのは楽しいものだった。なかなか見られない表情だ。
「な、何言ってんだ、お前だって俺のタイプじゃねえよ、気色わりぃ」
「じゃあ何だ?俺はお前の名も知らんぞ」
「言う必要なんかあるか?」
「自分のファンの名前くらい知っていてもいいだろう」
 呆れたように溜息をついて、ディセプティコンは首を振った。
「全く、オートボットってやつは!」
「その言葉そっくりお返ししたいね。ディセプティコンにストーキングされるなんて良い気分じゃない」
「してねえよ!」
 ディセプティコンが叫んだ瞬間、足にかかった力が僅かに弱まったのを見逃さずジョルトは残った腕をはね上げた。
 同時にしゅっと伸びた電気の鞭が空を切る。
 ばちばちという音を伴ってその先端が敵の足目掛けて走った。
「残念」
 素早い動きで飛び退ったディセプティコンは嘲笑うように言った。
 返事代わりの舌打ちにその笑みがさらに深くなる。
「動きだけは素早いらしいな」
 ジョルトはばちりと鞭を地面に叩き付けて吐き捨てた。
 しかし苦々しい口調とは裏腹にその声音は楽しそうなものだった。
「頭の回転もなかなかのもんだぜ?」
「そうか?見掛けによらないものだな」
「どういう意味だ」
 二人とも言葉の応酬を楽しんでいるようであった。
 そこに赤い車が滑り込んでこなければ、もうしばらく彼らのやりとりは続いただろう。
「何遊んでんだ、ジョルト。任務終了だ、引き上げるぞ」
「遊んでねえよスィンドル」
 立ち上がった赤いディセプティコンはジョルトを見てにやっと笑った。
「っと、ようやく見つけたって訳か。じゃあ遊んでても仕方ねえな」
「ジョルト?」
 スィンドルは確かにそう言ったようだった。
 ジョルトへ向けてではなく、紫と銀のディセプティコンへ向けて。
 ジョルトが怪訝そうに尋ねると彼は舌打ちしてスィンドルの足を蹴った。
「余計なこと言うな」
「痛っ」
「お前もジョルトって言うのか?」
「こいつがそう呼ぶだけだ、本当はデッドエンド」
 スィンドルを蹴りながら漸く名乗ったデッドエンドは不機嫌に答える。
 痛い痛いと言いつつもスィンドルの一つ目は怒っていないようなので、それがいつもの彼らの関係らしい。
 遊ばれていることにデッドエンドは気が付いているのだろうか。
 ジョルトがなおも話し掛けようとすると、スィンドルがデッドエンドの腕を掴んだ。
「デッドエンド、お前が遊んでるからこいつのお仲間が向かってきてる。楽しくなりそうだが俺達の任務じゃないからな。行くぞ」
 肩を竦めてデッドエンドは了解の意を示し、二人は揃ってトランスフォームした。
 ジョルトの鞭は彼らのスピードに僅かに遅れた。
 虚しく地面へ当たった鞭を引いて、ジョルトは聞こえてきた仲間達の音に向き直った。
 二つの名を持つディセプティコンはすでに遥か遠くへ走り去っていた。




*2009/07/19