今日は特別良い夜だ。
膝を抱えて座り込んで、ファーストエイドは思った。
約束の時間には大分早い。
でも、こうやって先に来て待っているのが好きだ。
彼がきた時の喜びが何倍にもなるから。
だだっ広い草原の真上、雲一つない空に真ん丸の月が輝いている。
ダージが来たらなんと言おう?
空にその姿を探しながらファーストエイドは小声で呟く。
久しぶり、会いたかった、元気だった?
早く来すぎだってまたダージは笑うだろう。
ああ早く会いたい。
ジェット機の音はまだ聞こえない。
約束の時間まであと少し。
空を見上げていたファーストエイドは急に肩を叩かれて声を上げた。
「ダージ!驚かさないでよ!」
「お前は毎度毎度期待通りの反応してくれるな」
にやっと笑ってダージが隣に腰を下ろす。
驚いたのと嬉しいのとでどきどきするスパークを宥めながらファーストエイドはそっとその肩に寄りかかった。
「また早くから来てたのか?」
「うーん…でもそんなに待ってないよ」
「悪いな、いつもぎりぎりで。抜け出すのが一苦労なんだよ」
なんせ海底に住んでるもんだから、と笑う。
ダージは空にいるのに、帰るのは海の底なんて面白い。
そうファーストエイドが言った時からそれは二人の間の冗談だった。
「ほら、今日は良いもの持ってきた」
取り出したのはエネルゴンと二つのグラス。
「月見酒と洒落こもうぜ」
乾杯、とグラスをあわせてからエネルゴンを飲んでファーストエイドはふうっと息をついた。
「美味しいね、これ」
「アストロトレインが分けてくれた。…あいつどうも勘付いているらしくてな」
「勘付いてる?」
ああと頷いてダージが顔を顰めてみせる。
「長い付き合いだからなぁ…"いいやつ"と飲めよって渡された」
言ってから驚いた顔のファーストエイドを見て笑った。
「意外か?」
「ちょっと。戦ってる所しか知らないし…」
「アストロトレインもまさか相手がサイバトロンだとは思ってないだろうけどな」
ファーストエイドは小さく溜息をついた。
「もし分かったらどうなると思う?」
「さあなぁ。ラムジェット達は話してもどうこう言うってこともなかったし。他の奴らはどうかわからねぇが…」
とにかく、とダージの手がファーストエイドの肩を優しく抱く。
「心配するこたない」
ぎゅっと抱き寄せられてファーストエイドはもう一度溜息をついた。
今度は幸せそうに。
「そうなったらそうなった時だ。今考えてもしょうがないさ」
「うん」
頷くとダージが頬にキスをしてくれる。
それだけでもうファーストエイドの不安は吹き飛んだ。
「最近腰が痛くてな」
しばらく話した後、ダージが苦笑混じりに言いだした。
「見てもらったの?」
「スクラッパーに歳だって言われたぜ」
ファーストエイドが吹き出すと、ダージも笑う。
「あんまりだよな。フックはフックで検査するとか言ってばらしたがるし。関節総取っ替えなんてこの歳で言われると思わなかった」
「だけど酷いようならそれも手だよ」
「トランスフォームに支障はないし、大したことじゃないとは思うんだが」
ちょっと迷ってからダージはすまなそうな顔をする。
「悪いけど見てくれるか?すぐにばらそうとするやつらばっかりで怖いんだよ」
俯せになったダージの腰を診ながらファーストエイドはふと呟いた。
「そういえばダージの昔の話って聞いた事ない」
何の気無しに言ったのにダージは身体を強張らせてあーとかうーとか言ったっきり黙ってしまう。
腰をぽん、と叩くとちょっと呻いた。
「…聞いたって楽しくねえぞ」
「そう?」
「痛っ!ファーストエイド!」
ごめんごめん、と謝るファーストエイドをちらりと見てダージは溜息をついた。
「勘弁してくれよ。お前ラチェットに似てきたんじゃないか?」
「ラチェットを知ってるの?」
「ありがたいことに個人的お付き合いはないが。頭も切れるし腕も立つ、恐ろしい軍医だよな」
実感を込めた言い方が可笑しくてそうかなあ、と相槌を打ちながらファーストエイドはくすくす笑った。
「昔の話、か」
ファーストエイドが調整をしているとダージがぽつりと言った。
考えるように視線を彷徨わせて首を振る。
「気持ちのいい話じゃないぞ。刑務所のことなんか聞きたかないだろ?」
リペア道具をしまってファーストエイドはダージの背中を撫でた。
「どうかな?」
呟くように尋ねると、ダージがゆっくり起き上がる。
「ずっといい。ありがとな、ファーストエイド」
屈んでしゃがみこんだままのファーストエイドと目を合わせると、ダージは笑顔をつくった。
「ファーストエイド」
「うん?」
「全部教えてやるから、お前も話すんだぞ」
頷いた瞬間ダージに抱き締められてファーストエイドは息を詰めた。
「俺は本当にお前が好きなんだ」
ダージの声は切なく、僅かに震えている。
ファーストエイドは彼にしがみつく事しかできなかった。
「俺の汚い所をわざわざお前に見せたくない。俺を嫌いになって欲しくない」
「ダージ…」
振ってきた優しい口付けにファーストエイドは身体中が痺れるようだった。
触れた唇から、回された腕から、ダージの想いが流れ込んでくる。
こんなに想われている事が嬉しかったし、そのダージを想う事ができるのも嬉しかった。
「長くなるから途中で寝るなよ」
どこから話すか、と迷っているダージの頬を撫でてファーストエイドは微笑んだ。
「ダージ」
「ああ」
呼んだきり何も言わずに顔を寄せると、ダージの腕にぎゅっと力がこもった。
*2009/03/12