部屋の扉をそっと開いて廊下を覗き込む。
絞られた明かりがぼんやりと照らし出すダムはもう寝静まっていた。
昼間の喧騒が嘘のように静まり返り、廊下の先は暗がりに飲み込まれている。
インシネレーターはすっかり冴えてしまった目を瞬くと部屋の外へ踏み出した。
足音がやけに大きく響くような気がして自然足取りはゆっくりになる。
ある部屋の前を通り過ぎた時に物音が聞こえた。
誰もが寝ているわけではないらしい。
安心と同時に皆が寝ている時間に起きているという奇妙な連帯感を覚えてインシネレーターは低く笑った。
眠れない時には一杯やるのが一番、と教えてくれたのは誰だったろうか。
セイバートロンで軍に入った時の先輩だったか、上司だったか。
だが初めての出撃の夜は自分でも不思議なほどよく眠った。
悪夢の一つも見ずに。いや良い夢は見た気がする。オートボットを蹴散らす夢だった。
次の日そう告げると教えてくれたやつは嬉しそうに頷いて肩を叩いた。
誰が、というのは忘れてしまったがその顔はよく覚えている。
平和すぎて眠れない、とオートボットの連中に言ったらどんな顔をするだろう。
こんな時間だから誰もいないと思っていたがバーには明かりがついていた。
入口から覗き込むと、気配に気付いたのか振り向いたのはレッケージだった。
「ああ新入りか」
にやっと笑って手招きをする。
レッケージはまだインシネレーターのことを新入りと呼ぶ。
嫌な言い方ではなく親しみが篭もっているようだから気にはしないが、ダムに来てから大分時間がたつのに、とも思う。
「どうした?なんで起きてる」
自分を棚上げした言い方で尋ねながらレッケージはグラスを取り出した。
隣に腰掛けたインシネレーターは置かれたエネルゴンに軽く頭を下げる。
「どうも寝られなくてな。お前もだろう」
返事を待たずにレッケージが言う。
インシネレーターは頷くとエネルゴンを呷り満足げに息をついた。
「良い飲みっぷりだ」
感心したように言ってレッケージはエネルゴンを注ぎ足す。
傍らに積まれた空のキューブが彼がどれだけ飲んでいたのかを表しているが、そのくせ顔も赤らんでいないしいつもより口数が多いのを別にすれば話し方も冷静そのものだった。
インシネレーターの視線にレッケージは肩を竦めた。
「酔わないんだ」
少しは酔うが、と付け加えて苦笑いを浮かべる。
「本当は大して好きでもないんだがな」
「なら何故」
問にす、と目が細くなった。
「酔いたいからさ。例え酔えないエネルゴンでもな」
赤く輝く目がインシネレーターを捉える。
「紛らわすにはそれしかない」
ぎらりと掠めた凶悪な光が言葉を補う。
インシネレーターが魅入られたように視線をはずせずにいると、レッケージは小さく笑った。
「そう簡単には変わらない。変えようとしても難しいもんさ」
じりじりと熱を持った視線が背けられ、レッケージは小さく溜息をついてエネルゴンに手を伸ばした。
纏っていた殺気は僅かにその存在を残すだけで奥深くへと消えた。
「退屈だな」
先ほどの冷たく凍る声ではなくのんびりとした調子でレッケージは言った。
「退屈だ」
インシネレーターは無言で頷いた。
一度気付いてしまえば今まで気付かなかったのが嘘のようにその存在を感じる。
レッケージの奥に眠る衝動は上手く押さえ込まれていたが確実にそこにあった。
それが妙に心地良くて、笑い出したくなる。
ダムに来たのは悪くなかった。
「もう少し付き合っても?」
空になったグラスにエネルゴンを注ぎながらインシネレーターが言うと、レッケージはにやりと笑った。
「楽しいお喋りは期待するなよ」
*2009/01/03