ファーストエイドの声がする。
サイバトロン基地を目指して飛んでいたダージは苦笑した。
全くどうかしてる。ファーストエイドの声が聞こえるなんて。
これじゃまるで本当に…
「ダージ!」
先を急ごうとした時、脇をビームが掠めた。
息を切らして立ち止まったファーストエイドはトランスフォームするジェットを見上げた。
彼が唖然としているのがここからでも見える。
その口が自分の名前の形に動くのも。
決してゆっくりではないのにダージが降りてくるのはやけに遅く感じられた。
「久しぶりだな」
ダージの声を聞いた途端、今まで自分に言い聞かせてきたことの全てが音をたてて崩れていく気がした。
少し冷たく響く低い声も、口の端に浮かんだ淡い笑みも、ぎこちなく伸ばされた手も、変わってはいない。
何も変わってはいなかった。まだ、自分はこんなにも彼のことが好きなのだ。
ファーストエイドは震える手でダージの手を掴んだ。
縋るように握った手は力強く握りかえされる。
「…ごめん」
もう、決心したはずだったのに。
「何を謝るんだ、ファーストエイド」
顔をあげられないままファーストエイドは首を振る。
口を開いたら泣きそうだった。
「謝るのは…俺の方だ」
そう言ってダージは笑う。
ファーストエイドの好きな笑顔で。
「とりあえず、場所を移そう」
道の真ん中に立ち止まってってのはどうも落ち着かない、と言うとダージはファーストエイドの手を引いて歩き出した。
繋いだそこから、かっと全身が熱くなるようだ。
ダージに変に思われたくはなかったが、手を離すのも嫌だった。
「そういえば何で基地から出てたんだ?任務の帰りか?」
首を傾げたダージはサイバトロンの出撃を本当に知らなかったらしい。
ファーストエイドが躊躇いがちに伝えると吃驚した顔をした。
「気付かれてたのか」
舌打ちをして顔を顰める。
「…戻る?」
自然な調子で尋ねたつもりだったのに、実際にはみっともないほど声が震えた。
「戻らねぇよ。あいつらはあいつらでどうにかするさ。それよりこっちの方が大事だ」
無造作に言ってのけて、立ち止まったダージは手ごろな岩に腰を下ろした。
ぼんやりと白い雪が浮かび上がっている中で彼のボディは常よりずっと暗い青で、まるで暗闇に溶けてしまいそうだ。
そんなことを思いながら黄色の羽を目で追ってファーストエイドも腰を下ろす。
少し離れたその距離が二人の今の距離を表しているようでちくりと胸が痛んだ。
「お前に会ってから何かがおかしくなりだした」
ダージがぽつりと呟いて、それから堰を切ったように話し出した。
「サイバトロンなんて皆同じ敵だと思ってた。いまだってそうだ、奴らは破壊し、叩き潰すべき者。俺は楽しんでる。デストロンだからな。それが生き甲斐みたいなもんだ」
自嘲めいた苦笑い。
彼の本音はいつもその苦笑の後ろに隠れている。
「でもお前は壊したくない。傷付けたくもないし、傷付くのを見るのも嫌だ」
ふう、と息をつくとダージは僅かに眉を寄せた。
「お前と話すのは楽しかった。俺が手を出さなかったサイバトロンなんて多分他にいないぜ。でも結局、俺達はお互いに敵同士。…馴れ合ったら駄目なんだ」
俯いたままファーストエイドは溢れてきそうになる涙を堪えようとしていた。
何を泣く事がある。
こうなることくらい、とっくに知っていたのに。
「だけど」
俯いた視界にダージの足が映った。
「そんなの、今はどうだっていい。俺はお前に会いたいから来た」
ゆるゆると顔をあげると涙で霞みかけたダージの顔が笑顔の形に歪んで、伸びてきた指にそっと目元を拭われる。
「俺はな、もうお前とこうやって会う事がなくてもお前と会えて良かったと思う」
また俯いてしまったファーストエイドの頭をぽんと撫でてダージは溜息をついた。
「あーあ、ったく情けねぇなあ。俺はこんな骨抜きにされちまってたのか。すっきり別れに来たつもりだったのに、まだ未練たっぷりだ…なあ、お前なんでサイバトロンなんだよ?」
「…ダージこそ、なんでデストロンなの」
「知るか」
舌打ちしてダージはぐりぐりとファーストエイドの頭を撫でた。
「とにかくだ。…元気でな。お前と戦わないですむ事を祈るぜ」
早口に言うとダージは未練を断ち切るように足早に立ち去ろうとした。
それより早く伸ばされたファーストエイドの手がダージの腕を掴む。
「あ?」
振り返った瞬間、ダージの胸にファーストエイドが飛び込んできた。
「自分の言いたい事だけ言って行くつもり?」
少し困った顔をしてダージは肩を竦めた。
「じゃあ今度はお前の番だ」
ファーストエイドは一つ息を吸うとマスクを外した。
きょとんとしている顔を引き寄せ、掠めるように唇を寄せる。
ひゅ、と喉を鳴らしてダージは呆然とファーストエイドを見つめた。
「好きなんだ」
表情の消えたダージの耳元に囁くと、堪えるのを諦めた涙がファーストエイドの頬を伝う。
さよなら。
小さく呟いてファーストエイドはダージに微笑んだ。
それが今の彼に出来る精一杯のことだった。
ダージはその背中がだんだん遠ざかるのを黙って見届けはしなかった。
あの時は追えなかった。
でも、今は。
ファーストエイドは後方に迫ってくるエンジンの音を聞いた。
自分の名を呼ぶ声も。
「ファーストエイド!」
ダージが突然飛び降りてきたものだから、受け身の取れなかったファーストエイドは縺れるように地面に倒れ込んだ。
「俺も、好きだ」
耳を疑う。
雪に半ば埋もれたまま、ファーストエイドはぽかんとダージを見上げた。
「ああそうだよ、俺はお前が好きだ。もう会わないなんて、そんなのできるわけない」
妙にすっきりした顔でダージは言い、ファーストエイドを見た。
彼の言葉がゆっくり染み込んでくる。
「ダ、ダージ…それって」
ファーストエイドを引き起こしてダージは真剣な顔で彼の顔を覗き込んだ。
「お前、後悔してないな?」
「後悔?」
繰り返してファーストエイドが笑う。
「まさか。前も言ったじゃないか、後悔なんてしないって」
「そうか」
顔を緩めたダージは雪だらけになったファーストエイドの身体をぎゅっと抱き締めた。
「ねえ、ダージ」
「ん?」
「もう一度言ってくれない?」
ファーストエイドの顔が肩に押し付けられているのはダージにとって都合が良かった。
「好きだ」
言った自分の顔面温度が、かつて無いほど上昇しているのを自覚していたから。
腕の中でファーストエイドが嬉しそうに笑った。
「私もだよ、ダージ」
その言葉を聞きながら少しだけ腕に力を込めたダージは、自分がひどく満たされているのに気が付いた。
ぽっかり空いていた穴が塞がったような。
「ダージ」
顔をあげたファーストエイドが名前を呼ぶ。
もっと呼んで欲しい、と思うくらいそれは耳に心地良い。
「私達はその…恋人に、なったんだよね?」
「…まあそうだな」
はっきり言葉にすると少し照れくさい。
この温かいくすぐったさを幸せと呼んでもいいのだろうか。
顔が赤いのをダージは自覚していたが、身を乗り出してきたファーストエイドも同じくらい赤い顔なのだ。
「じゃあ、キスして」
耳元でのおねだりに僅かに躊躇ったものの、ダージはそれに応えてやった。
*2008/12/29
*2009/09/06 加筆修正