midair





 終戦。ディセプティコンの敗北。
 情勢の伝わってこない中で切れ切れの情報に纏わる様々な憶測と噂がセイバートロン中を飛び交った。
 大帝の破壊、を最後に地球からの情報は途絶える。


 地球。

 廃墟と化した倉庫がインシネレーターの今のねぐらだった。
 誰も彼がそこにいる事を知らない。
 セイバートロンを同時期に発った仲間もいるはずだが、彼らの行方はわからなかった。 彼は一人だった。
 インシネレーターの通信機は地球に来た時にその機能を失い、リペアする技術を持ち合わせていない彼の通信機は沈黙を守り続けていた。
 通信機と同時にセンサーも調子を狂わせた。
 気紛れなそれは苛立ちを募らせるばかりなのでインシネレーターはセンサーも黙らせる事にした。
 ヘリコプターをスキャンしたのは偶然だったが、彼にとって大いに役に立った。
 毎日長い距離を飛び回って仲間の痕跡を探す。
 センサーが働かない今、それは根気の要る作業だった。


 収穫の無い長い一日を終えてインシネレーターはねぐらへと戻ってきた。
 ぎいいい…と扉は錆びついた音をたてる。
 今にも外れそうなそれを丁寧に閉めて埃を被ったまま放置されている段ボール箱の間に腰を下ろす。
 途中で集めた僅かなエネルギーを摂取するとそれでもうやる事は無くなった。
 吹き込んできたすきま風が埃を巻き上げてインシネレーターはくしゃみをした。
 ごろりと寝そべると破れた天井から星が透けて見える。
 もう一度くしゃみをするとインシネレーターは目を閉じた。
 獲物が見つからなかったのは今日に始まった事ではない。
 捕らえたオートボットから聞き出せたのはセイバートロンに伝わってきた情報を裏付けるものだけだった。
 メガトロンの破壊。
 ディセプティコンが負け、大帝が死んだなどとはインシネレーターにはとても信じられなかった。
「くそ」
 ふつふつと怒りが湧いてきてインシネレーターは起き上がった。
「オートボットめ!」
 がしゃん、と乱暴にはね上げた手が積み上がった段ボールを崩す。
 もうもうたる埃が舞い上がる中、屋根をぶち破ってインシネレーターは飛び立った。


 しばらく飛んで頭が冷えたインシネレーターは怒りに任せて飛び立ったのを少し後悔していた。
 落ち着いて休めるあの倉庫はなかなか気に入っていたし、新しい拠点を探すのは面倒だった。
 行く手に街の明かりが広がっている。
 地球時間で言えばもう真夜中近い時刻だが、街は静かな活気に満ちてまだ眠る気配は無い。
 インシネレーターは騒々しいのが嫌いだった。
 昼間はもちろん、夜の街も好きではなかった。
 人間というデータだけでは掴めない小さな生き物のことも。
 舌打ちをして方向転換する。
 衝動が引くと急に疲れを感じた。
 エネルギーも足りない。そしてそれ以上に先の見えない捜索に疲れ始めていた。

 木をなぎ倒しながら乱暴に着陸する。
 トランスフォームして少し歩くと、手ごろな洞穴を見つけた。
 お世辞にも居心地が良いとはいえなかったが贅沢を言っている場合ではない。
 とにかく疲れていたのでインシネレーターは横になるとすぐに眠りに落ちた。


「おはよう」
 突然聞こえた声にぎょっとして飛び起きると、誰かが入口に寄りかかっていた。
 逆光のせいで良く見えず、ぱちぱちと目をしばたきながら尋ねる。
「誰だ?」
 寝起きなせいで擦れた上に裏返ったインシネレーターの問に一歩足を踏み出してその男は薄く笑った。
「迷子を迎えに来たんだ」
「迷子…だと?」
 呆然と繰り返すのに頷くとすたすた近付いてくる。
 光に慣れた目にも銀色は眩しかった。
「ジャズ」
 右手を出すと同時に言われた言葉にインシネレーターはぽかんとオートボットを見上げた。
「俺はジャズっての。わかるかい、迷子ちゃん?」
 溜息と共に肩を竦めてみせる。
 インシネレーターはぶち、とどこかが切れるのを聞いた。


「目的を忘れた?」
 ジャズの顔を覗き込んで、インシネレーターは顔を顰めた。
 そこに今浮かんでいるのは純粋な好奇心だった。
 嘲りや誹りより質の悪い。
「どういう意味だ」
「メガトロンを、ディセプティコンを探してるんじゃないの」
 ブレードについた自分のオイルを払ってインシネレーターは立ち上がった。
「でも殺す気で来たよね」
 静かにジャズはそう言った。
 腕は両側に自然に垂らされていたが、先の戦闘を経てインシネレーターはそれが油断しているのではないと理解していた。
 どこにも隙は無い。
 狭い洞窟の中でインシネレーターの動きが制限されるのを差し引いたとしてもジャズの戦闘力の高さは尋常ではなかった。
 こちらの攻撃を軽々と受け流し、かつ的確にインシネレーターの急所に攻撃を入れる。
 手加減されたのは明らかだった。
 たとえ広い場所だったとしてもそれはジャズにとって有利になるだけかもしれない。

 バイザーの奥からの視線に耐えきれずにインシネレーターは俯いた。
「お前は何を知っている?」
 半ば縋るような調子になった声にジャズは笑った。
 その響きは底抜けに明るく、裏に潜むものはない。
「全てを」




*2008/12/11