midair





 ぐしゃりと音をたててブロウルの手の中のグラスが潰れた。
 無意識に力を込めてしまったらしく、当の本人も手にかかったエネルゴンを不思議そうに見下ろす。
 苦笑してレッケージは傍にあった布巾を引き寄せて投げてやった。
 首を振りながらエネルゴンを拭き取ると、ブロウルは億劫そうに立ち上がって新しいエネルゴンを取りに行った。
「…退屈だ」
 呟いてレッケージはカウンターで当番のオートボットとなにやら言葉を交わすブロウルを眺めた。

 戦いの中で生きてきた者達にとって、この突然の終戦と次いで訪れた地球でのオートボットとの共同生活はまるで異次元の話だった。
 憎しみと破壊の対象であったオートボットと仲良くやれ、と言われても、おいそれとできるものではない。
 地球での戦闘で死んだメガトロンやジャズを始めとする者達の復活を経て、この和平が両軍の間で結ばれた。
 メガトロンがそんなものを受け入れるはずがない、と思っていた多くの者達はオプティマス・プライムの提案をメガトロンが受け入れた事に驚愕した。
 率先してオートボットとの友好関係を築く破壊大帝にその部下達が従わない訳にはいかない。
 もちろんその戸惑いはオートボット側にも言える事で、オートボットの中でも好戦的な者たちはディセプティコンと馴れ合う事を疑問視していた。
 だが基本的に友好的であるオートボット達はディセプティコンと共に暮らす事を長くは拒まなかった。
 そういう訳でしばらくするうちにすっかり両軍は共同生活に慣れ、次第に衝突も減っていった。

 だが、戦闘と破壊をこよなく愛する者達はこの平和な日々を持て余していた。
 興味の対象を別なところに見つけた者もいる。
 人間に、人間の技術に、研究に。

 レッケージは未だ何にも興味を覚えずにいた。
 戦うこと以上に彼を喜ばせるものは未だ見つからない。
 こうしてエネルゴンを浴びるほど飲む事以外に暇潰しの手段は無かった。
 それは目の前の男も同じだ。

「退屈だな」
 ブロウルが先ほどのレッケージと同じ事を呟いた。
 頷いてレッケージはからっぽになったグラスを脇へ押しやった。
 それを合図に二人を包む雰囲気が変わった。
 ぎらりとブロウルの目が光った瞬間、ひょこりと顔を覗かせたのはオートボットの副官だった。
「やぁ」
 にっこり笑ったジャズに漂っていた殺気が霧散した。
 毒気を抜かれたように溜息をついたレッケージは小さく手をあげるのでジャズに応えた。
 ブロウルも小さく唸って返事に代える。
「もしかして朝から入り浸ってる?」
 不健康な、と大袈裟に驚いて見せてジャズはぽん、と手を叩いた。
「暇なんだろ、やって欲しい事があるのさ」
「なんだ?」
 うんざりしたように尋ねたレッケージに鼻歌交じりにディスクを振ってみせる。
「これをさ、届けてきてほしいんだよね」
「どこへだ」
 尋ねたブロウルは珍しく乗り気であるらしい。
「軍の幹部の家なんだけど」
「…俺たちに行けと?」
 レッケージの質問は至極最もである。
 軍用車両が2台も共に行動しているなど、市民に恐怖を与えかねない。
「うん」
 ジャズがそういうのなら良いのだろう、と自分を納得させてレッケージはそのディスクを受け取った。
「精々驚かしてやってよ」
 バイザーを悪戯っぽく輝かせてジャズは楽しそうに言いはなった。
「そいつに怨みでもあるのか…?」
 ブロウルの質問にジャズは首を振った。
「違うよ、面白いじゃないか」
 顔をしかめて振り返ったブロウルに肩を竦めてみせてレッケージは行こう、と促した。

「そんなちっぽけなものしか運べないとはな」
 つまらなそうに言ってブロウルはディスクをかざした。
 ちっぽけなもの、とはディスクのサイズのことではなく、中の情報のことだ。
 人間にとっては最先端を行く技術であろうとも、彼らからしてみればそれは何世代か前のものだった。
「しかし良いタイミングでやってくるな」
 レッケージの言葉に顔を顰めてブロウルは息をついた。
「あいつはそういうやつだ」
「割り切るしかないか」
 ディスクをしまい込んでレッケージは苦笑いを浮かべた。
「…この次は邪魔させん」
 剣呑な笑みを浮かべてブロウルはぎり、と拳に力をこめた。
 それを横目で見やってレッケージは楽しそうに口元を緩める。
「次は、な」
 と、二人の後をジャズの声が追い掛けてきた。
「外で暴れるなよ」
 同時に振り向いたレッケージとブロウルは苦虫を噛み潰したような顔を見合わせた。
「あいつはなんなんだ」
 呟いたレッケージにブロウルが首を振る。
「思いっ切り喧嘩くらいさせろ…」




*2008/12/03
*2009/06/23 加筆修正